【Hollywood Report】Sound For Film & TV 2026レポート
鍋 潤太郎 / Inter BEEニュースセンター 取材協力:陳 明範氏/サウンドミキサー
〇はじめに
9月26日(土)、LAはカルバーシティのソニー・ピクチャーズ・スタジオ(SONY PICTURES STUDIOS)において、映画&テレビのサウンドミキシングに従事する音響のプロフェッショナル向けイベント Sound For Film & TV2026が開催された。
取材にあたり、LAを拠点に活動され、LAで開催されたYOSHIKIのコンサートでの音響クルーなど著名プロジェクトに複数参加されている陳 明範氏をアドバイザーにお迎えし、ご同行頂いた。陳氏による音響の専門家としての視点も交えた、より充実した内容の記事をお届け出来ればと思う。
〇Sound For Film & TVとは
Sound For Film & TVは、音響業界誌「MIX」の主催による、映画&テレビ業界に従事するサウンドのプロフェッショナル、映画制作者、そして映像作家や監督などのクリエイターが一堂に会するイベントである。
ここでは展示会やカンファレンスが終日開催され、映画とテレビのサウンドの動向、先端技術とテクノロジーなどを体感する事ができる。また、各シアターでは音響業界のプロフェッショナルによるパネルが開催され、業界のパイオニアたちが専門知識を参加者と共有し、オーディオ・ポストプロダクションの最新動向を知る貴重な機会が提供される。
〇会場はソニー・ピクチャーズ・スタジオ
会場はカルバーシティにあるソニー・ピクチャーズ・スタジオであった。ここはハリウッドのメジャースタジオの1つであり、実際にハリウッド映画やテレビ番組の制作及び収録などが行われている。
こういうスタジオを実際に訪問出来るのも、LAに住んでいる大きな利点の1つである。
パネルの間の移動や休憩時間に、敷地内を一回りするだけで、スタジオ内でさまざまな光景を楽しむ事が出来る。
〇充実した内容
この日は、さまざまなイベントが開催された。
・VIPツアー
ソニー・ピクチャーズ・スタジオのポストプロダクション施設にあるクラスのミックス スイートやリ・レコーディング ステージのバックステージなどを視察出来る。このツアーは事前申し込み制であり、人気のためSOLD OUTとなっていた。
・エンジニアツアー&パネル
ポストプロダクションにおける音響制作を支えるインフラの舞台裏を視察。続いてのパネルでは、「なぜダビング・ステージでミックスした通りの音で聞こえないのか?」をテーマに、SMPTE(映画テレビ技術者協会)の27C-20 シネマ・サウンド・ワーキンググループが、どのように映画館の測定やデータ分析を行っているかについて実演&解説。
・学生向けパネル
将来、映画・テレビの音響業界でキャリアをスタートさせたい学生の方へ向けて、業界の第一線で活躍するプロフェッショナルたちが、実践的な洞察、キャリアアドバイス、そして業界への就活に必要な情報などが共有される。
LAには音響専攻の学部を持つ大学が複数あり、会場には教授の引率によって視察に参加した学生の方も多数来場していた。ハリウッドの各業界では次世代の人員育成や後進指導に力を注いでおり、こういった姿勢には感銘を受ける。
・最先端のコンテンツに関するパネル
ハリウッドの大ヒット映画に携わった、受賞歴のある音響プロフェッショナルによるパネル。
・最新機器のショーケース
最先端のオーディオ機器の展示やデモを通じて、オーディオ・プロダクションの未来を探求出来る。
・Sony 360VME バーチャルミキシング環境 体感コーナー
普段は映画のサウンドミックス作業に使用されているダビングシアターにて、Sony 360VMEのデモンストレーションを体感できるデモ。
Sony 360VMEは、ヘッドホンを装着するだけで、まるでダビング・ステージに居るかのように、マルチスピーカーからの音場を正確に再現できるという、優れものである。
1 まず最初に、ダビングシアターにて各スピーカーからの音場の測定を行う。
2 続いて、デモ映像が上映され、シアターの各スピーカーから、実際の音声がどのように聞こえているかを聴く。
3 音声をヘッドホンへ切り替え、ヘッドホンを装着。先ほどのシアターの音場が、如何に正確にヘッドホンの中で再現されているかを体感する。
つまりSony 360VMEは、ヘッドホンだけで、シアターの前方からの音は前から、後方からの音は後ろから、それぞれ「正しい方向から聞こえているように感じられる」という、VFXを専門とする筆者にとっては、大変不思議な、”魔法のヘッドホン”であった。
これさえあれば、スケジュールの都合等でダビングシアターがブック出来なかった日でも、オフィスに居ながらにして、ほぼ同じ音場をヘッドホンで再現出来&サウンドミックス作業が継続出来る、という事なのだろう。
〇音響プロフェッショナルによるパネル
この日は、各種パネルが敷地内の複数のシアターで同時進行で開催された。同時進行なので全てを網羅する事は難しいが、参加者は、それぞれ興味のある分野や作品を選び、自分が好きなパネルを聴講する。
ここでは、筆者が聴講した2つのパネルから、上記でご紹介した陳 明範氏のご協力とアドバイスによってサウンドミキサーとしての視点を含めつつ、その内容を要約してご紹介する。
映画『オデュッセイア』の壮大なサウンド:発見からファイナル・ミックスまで
パネラーの顔ぶれ:
クレイグ・ヘニガン(スーパーバイジング・サウンド・エディター)
ゲイリー・リッツォ(リレコーディング・ミキサー)
デヴィッド・バトラー(スーパーバイジング・ダイアローグ&ADRエディター)
ウィリアム・D・バートン(プロダクションサウンドミキサー[録音技師])
今回のトークでまず印象的だったのは、リアリティを追求するクリストファー・ノーラン監督の撮影スタイルが、サウンドチームにも大きな挑戦を求めていたことだ。『オデュッセイア』では、まるでギリシャ神話の世界を思わせるような、人里離れた辺境のロケーションで撮影が行われることも多く、機材トラックやシャトルバスを現場まで運行できない場所では、各撮影班が必要な機材を手持ちで運び、丘陵地帯などを片道30分以上歩いて移動することもあったという。
なかでも70mm 15-perf IMAXフィルムカメラの撮影では、カメラの動作音を抑えるための巨大な「IMAX Blimp」が使用された。その重量と大きさから、移動には大道具スタッフ6人が必要になるなど、現場のスケールの大きさを物語るエピソードも紹介された。
プロダクションサウンドミキサーのウィリアム・D・バートンが語った中で特に興味深かったのが、ノーラン監督のワイヤレス機材に対する考え方だ。
ノーラン監督はワイヤレスシステムのマイクよりも、信頼性の高い有線マイクによる収録を重視する傾向があり、今回の撮影でも、船上や海上での一部のシーンを除き、基本的にブームマイクを使用。なんと300フィート(約91メートル)のXLRケーブルを使用して対応した。
一方で、必要な場面では演者用のピンマイクや海上での撮影にワイヤレスシステムを導入するなど、作品に必要な音を確実に収録するため、ノーラン監督に無理を言って状況に応じた柔軟な判断も行われていた。
スーパーバイジング・サウンド・エディターのクレイグ・ヘニガンは実際に現場へ赴き、撮影で使用された船の周辺で発生する音や、剣などの小道具から生まれる音を自ら収録。これらの素材をポストプロダクションで使用できるよう、撮影段階からサウンドライブラリーを構築していたという。
そして今回のトークで最も驚かされたのが、ファーストカット完成後のポストプロダクションに与えられた時間だった。
リレコーディング・ミキサーのゲイリー・リッツォによると、3時間を超えるファーストカットが完成してから、クライアントへのデリバリーまでに残されていたサウンド編集の時間は、わずか9日間だったという。
しかも、このデリバリーは単なる中間チェックではなく、出資者を含む関係者に向けた完成映像のお披露目だった。フィルム撮影で進められていたため、それまでクライアント側は映像を一切見ることができず、このタイミングで初めて映像とサウンドの完成形を確認することになる。そのため、映像だけでなく音響面にも非常に高い完成度が求められた。
限られた9日間の中で、ポストプロダクションチームは総力を結集。さまざまなアイデアを出し合いながら、夜を徹してサウンド編集とミックスを進め、最終的なデリバリーに間に合わせたという。
この講演を通して強く感じられたのは、ノーラン監督の作品に対する徹底したこだわりだけではない。
その高い要求水準に応えるため、各分野のスペシャリストたちが自らの技術と経験を最大限に発揮し、限られた時間の中で最善の答えを導き出していくプロフェッショナリズムである。
その姿勢に感服すると同時に、大いに刺激を受ける講演会となった。
ラスベガスSphere『オズの魔法使い』おけるサウンドの音声分離 最新動向:
パネラーの顔ぶれ:
スザンヌ・カークランド/AudioShake Studio
スティーブン・オリバー氏/AudioShake Studio
筆者は先だって、SIGGRAPH 2026レポート④ ラスベガスSphereの、AIを駆使した『オズの魔法使い』という記事をCGWORLD.jpに執筆させて頂いたが、(筆者にとっては)タイムリーな事に、その音響に関するパネルであった。
2025年8月28日にラスベガスSphereでオープンした『オズの魔法使い』のサウンドミックス作業にあたり、サントラ部分はオーケストラによる再収録が新たに行われた。
…という事は、必然的に俳優の歌声や音声、それ以外の要素を分離する必要が生じる。しかし、なにしろ1939年の作品である。
セリフ、効果音、サントラは1つのモノラル・トラックに”しっかりと”焼き込まれており、しかもオリジナル音声の音源は紛失し現存していないという。
そこで、最新技術を駆使し、現存するモノラル・トラックから「音声だけを分離する」作業が始まった。
AudioShake Studioは、この為に画期的なツールを開発。
ツールの詳細はコチラ:
https://studio.audioshake.ai/
「このツール開発には、生成AIではなく自己完結型AIテクノロジーを使っている」との事。つまり、最近流行りの生成AIではないので、オンラインに繋げての情報収集や著作権違反はしていない、という点がポイントなのだそう。
最先端のデジタル・テクノロジーを駆使し、いかに音声トラックの分離を実現させたか、その制作プロセスを紹介する、興味深いプレゼンテーションであった。
ちなみに、この日のパネルが開催されたADR2というステージは、なんと、86年前に『オズの魔法使い』のサントラが、実際に収録された場所なのだそうだ。
そんな場所でのパネルは、臨場感の溢れるものがあった。
〇おわりに
以上、Sound For Film & TVのレポートをお届けしたが、会場の雰囲気などが読者の皆様にお伝え出来れば幸いである。
このイベントは毎年開催されているそうなので、もし来年の視察にご興味をお持ちの読者の方は、是非とも下記サイトをチェックされてみると良いだろう。