Inter BEE 2025 幕張メッセ:11月19日(水)~21日(金)

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Special 2025.11.20 UP

第二回 INTER BEE AWARD 開催に寄せて

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昨年、Inter BEE 60周年記念企画として誕生した「INTER BEE AWARD」が、今年も第二回として開催された。
私は本年も引き続き審査員を務めることとなり、放送・メディア産業の未来像を提示する本アワードの意義を改めて実感している。

アワードの企画そのものには直接関与していないが、審査員としての視点から企画提案を行うことができる立場にある以上、その責務の重さを強く意識している。Inter BEEの審査会場は、例年きわめて刺激的な議論の場であり、今年もまたその空気を肌で感じた。

これまで数多くのアワード審査に携わってきたが、本アワードほど本質的かつ建設的な意見が交わされる場は稀である。
審査員一人ひとりが「日本の、そして未来の放送・メディア産業の在り方」を真摯に見据えながら、鋭い視点で作品を評価していく。その議論の密度と熱量こそが、本アワードの最大の価値である。

今年も審査委員長には、長年にわたり日本のテレビ放送とデジタル映像技術の発展に貢献してきた為ケ谷秀一氏を迎え、阿部健彦氏(株式会社テレビ朝日)、遠藤諭氏(株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員)、樫村雅章氏(尚美学園大学大学院 芸術情報研究科 情報表現専攻 教授)、杉沼浩司氏(日本大学 生産工学部 数理情報工学科 非常勤講師)、松田一朗氏(映像情報メディア学会 副会長)、そして筆者も審査員として参画した。放送技術・IT・半導体など各分野の専門家が名を連ねた。

分野横断的な知見が交わることで、単なる映像技術の優劣を超え、産業全体の未来像を問い直す議論が生まれている。
私は「INTER BEE IGNITION×DCEXPO」のプロデュースを担当し、新しいメディアの在り方を提示する役割を担っている。
しかし、応募作品の中で「新しいメディアの形」を正面から提示するものは、まだ多くはない。

この現実は、私自身の発信力やプロデュース力の課題を浮き彫りにするものであり、同時に、日本のメディア産業が次のフェーズに進むための課題を象徴しているようにも感じる。本稿は、そうした問題意識の延長線上にある。

INTER BEE IGNITION×DCEXPOをはじめとする新しいメディア創出の現場から、いかにして「次の時代の放送・メディアの在り方」を生み出していくのか。その道筋を模索するための、ひとつの思考の整理として記したい。

INTER BEE AWARDとは?

Inter BEEは、放送機器・放送技術を中心とする展示会であり、長らくテレビカメラ、音響設備、スタジオ機器といったハードウェアが主軸であった。
しかし現在、クラウドを活用した「デジタルプロセス」そのものがプロダクトとみなされる時代に突入している。この潮流を踏まえ、今年の審査は以下の軸で企画されている。

・プロオーディオ部門
・コンテンツ制作/放送・メディア(ハードウェア・ソフトウェア)
・コンテンツ制作/放送・メディア(トータルソリューション)
・エンターテインメント/ライティング/映像表現

いずれの応募作品においても、「先進性・独創性・技術性」「市場性・経済性」「業界課題へのアプローチ」を主要評価軸としている。

審査会での気づきと考察

アワードで選出されたプロダクト以外にも、2025年以降のメディア業界の方向性を示唆する提案が数多く議論された。
審査会の中で交わされた意見の中には、単なる技術やサービスの評価にとどまらず、「過去のテレビ業界」と「これからのメディア環境」とのあいだにある境界線を照らし出すような発言もあった。

以下に紹介するのは、そうした議論の中で、私自身が特に印象に残った発言である。今後の放送・メディア産業がどの方向に進むべきかを示す「予兆」として、強く心に残った言葉たちだ。

1. テレビ局向けトータルソリューションのあり方

応募プロダクトには、大手ITベンダーによるテレビ局向けフェイクニュース判別支援など、放送業界のセキュリティ課題に正面から応える提案が見られた。審査員一同この取り組みを高く評価した。

一方で、ある審査委員から「大企業のパッケージ導入を重ねるだけでは、テレビ局の技術力が中長期的に空洞化しかねない」との指摘があった。テレビ局自体にも固有の技術資産はある。

ゆえに、大手ITベンダーの外部ソリューションの採用にとどまらず、必要技術の内製化やスタートアップとの協業を通じて、局の独自性を反映した解決策を構築することが、結果としてテクノロジー基盤の強化につながる――という視点である。

長期的には、技術力の空洞化を避けるための戦略が不可欠だ。
理想は、必要な要素技術を適切に組み合わせ、自社のユニークネスを核にしたアーキテクチャを組み上げることである。
他方、切迫するセキュリティリスクなどに即応する現実的要請もある。

したがって、長期の能力形成(内製・協業・人材育成)と、短期のリスク低減(即応可能なトータルソリューションの採用)を両輪で回す「二層の時間軸」を前提に意思決定することが合理的だ。この観点から、アワード設計自体の見直しの余地もみえてくる。

大手ベンダーの包括的ソリューションのみを評価対象とするのではなく、個別最適を実現するモジュール型/ニッチ技術や、局の内製努力と親和性の高いソリューションも積極的に可視化・顕彰すべきだ。
アワードでの評価が将来のメディアビジネスに与える波及効果を最大化するには、「短期の運用即応性」と「長期の技術自立性」の双方を評価軸として明確に位置づけ、どちらを優先すべき局面かを丁寧に判定していく必要がある。

2. キャスティング:業界課題に正面から向き合う新規価値提案

あるスタートアップが応募してきたキャスティング支援サービスは、役者のキャスティングをマッチング・アプリ的な手軽さで実現している。技術的な革新性は限定的だが、テレビ制作現場の非効率をデジタルの力で解消しようとする点は高く評価できる。

テレビ業界において、キャスティングの属人的運用、制作進行の煩雑さ、情報共有の断絶、フリーランス人材の契約管理や報酬支払いの煩雑さなど「長年放置されてきた課題」にこそ、スタートアップが介入し、価値を創出する余地がある。

とはいえ、INTER BEE AWARDが評価の中心に据えるのは「技術的な先進性」であるため、当キャスティング支援サービスはその観点では高得点を得られず、結果的に今年のアワード選出には至らなかった。しかし、業界課題をピンポイントで掘り下げ、解決を試みるスタートアップの姿勢自体は、今後のメディア産業の健全な進化に不可欠なものであると感じている。

スタートアップ創出の視点から見れば、このサービスは既存の仕組みを細分化し、非効率な要素を抽出・再構築するアプローチに基づいており、この点は評価に値する。今回は受賞には至らなかったものの、こうしたテレビ・映像業界のニッチ課題に踏み込み、構造的な変革を促すスタートアップが増えていくことを強く期待したい。

3. 生成AIを活用したコンテンツ制作

生成AIを活用した映像制作の増加は、今年の応募傾向の中でも特に顕著であった。
中には、生成AIを中核に据えて映画制作を行う事例も見られた。審査員の間でも「今後のINTER BEE AWARDで積極的に取り上げるべき領域である」という点については意見の一致を見た。

しかし、重要なのは「どのAI技術を使用したか」そのものではない。真に評価すべきは、技術をいかに運用し、再現性のあるワークフローとして構築したかである。生成AIの活用は、もはや特異な技術的試みではなく、映像制作における新たな前提となりつつある。

したがって問われるべきは、技術の導入可否ではなく、その運用設計の拡張性──つまり、他の制作現場やメディア領域にどのように展開可能かという視点である。

今後、生成AIを活用したサービスやプロダクトをINTER BEE AWARDに応募する際には、ぜひこの「拡張性=スケーラブルなワークフロー構築」を意識してもらいたい。それこそが、単発的な実験を超え、業界全体の創造性と生産性を押し上げる鍵となるだろう。

4. その他のトレンド

LED関連ソリューションの応募は近年増加傾向にある。しかし、日本企業の多くは依然として「ユーザー」視点にとどまり、「LEDを用いた新製品開発」や「LED技術そのものの革新」には十分に踏み込めていない。

一方で、映像処理領域ではVPU(ビデオ処理チップ)の進化が顕著であり、NVIDIAを筆頭とするGPU/VPUの台頭によって、ハードウェアレベルでの映像最適化やAI統合の重要性がますます高まっている。
さらに、屋外イベントやライブ市場の拡大を背景に、全天候型AVイーサネットスイッチなど、実運用環境を意識した製品も数多く見られた。

こうした動向を踏まえると、日本の映像・放送機器メーカーが今後競争力を維持するためには、「既存技術のユーザー活用」から一歩進み、素材技術やインフラ技術そのものの開発力をどう再構築するかが問われていると感じる。
LEDを“使う”側から“つくる”側へ――その発想転換こそが、次のInter BEEでの評価軸を左右する鍵になるだろう。

大学・研究機関の参加不足

2年連続で、大学や研究機関からの応募はきわめて少ない。
国内には、メディア、通信、映像技術を研究する大学・研究機関が数多く存在するにもかかわらず、Inter BEEを「研究成果を社会に発信する場」として認識していないケースが依然として多い。

この状況は、研究成果が産業界と接続する機会を逸していることを意味する。
たとえば、「クラウドベースのライブ配信技術」「VR/XRによるスポーツ中継ワークフロー」「AIによるニュース誤情報検出システム」など、大学や研究機関が進める先進的なテーマは、まさに放送・映像業界が直面している課題と高い親和性を持つ。

こうした研究がInter BEEに応募されることで、大学発の技術がテレビ・映像業界に採用される契機となり、産学連携の新たなモデルが生まれる可能性がある。
したがって、大学や研究機関の皆様には、研究段階の試作や実証実験フェーズの技術であっても、ぜひ積極的に応募してほしい。
研究室で生まれた「問い」や「仮説」こそが、業界の次の潮流を生み出す原石である。

Inter BEE自身もまた、「研究から実践への橋渡し」を担うプラットフォームとして進化する意識を持つことで、学術研究が社会実装へと転換する瞬間を、より多く生み出していけるはずだ。Inter BEEには毎年6万人を超える来場者が集い、放送・映像技術に携わるあらゆる領域のプロフェッショナルが一堂に会する。

ここは、単に最新技術を展示・評価する場ではなく、産業・研究・クリエイティブが交わり、未来のメディアの形を社会に問う場へと進化しつつある。
このアワードを目指すことは、単なる受賞を意味しない。それは、「自らの研究や技術を社会に実装し、次の放送・メディアの在り方をともに構想する」第一歩である。

応募者と主催者、企業と大学、研究者と制作者が交わり、「未来の放送・メディアとは何か」を問い続け、実践を重ねることこそ、Inter BEEの真の価値である。
本アワードを未来のメディアを共創し、社会に実装するための実験場として捉えてほしい。

そしてINTER BEE AWARD自体もそのような意識を持って来年以降望んでほしい。
そこからこそ、次の時代の放送・メディア産業を形づくる新しい潮流が生まれるだろう。
審査員として2年連続関わらせていただいたことにより見えている視点を以上、共有させていただいた。

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