Inter BEE 2025 幕張メッセ:11月19日(水)~21日(金)

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Industry Curation 2025.08.22 UP

【Inter BEE CURATION】トランプ2・0 米で深刻化する言論弾圧

津山 恵子 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2025年9月号からの転載です。

CBSとABCが巨額の和解金

トランプ米大統領の「トランプ2・0」の下、主にテレビ・ラジオをターゲットにしたメディアの言論弾圧が強まっている。米ネットワークテレビ局のCBSとABCはこれまでに、トランプ氏に裁判を起こされ、巨額の和解金を支払った。両局がトランプ氏に対し「負け和解」に至ったことで、他のメディアさえ同氏について批判的な報道の「自粛」をする懸念が強まっている。アメリカ合衆国憲法で保証されている言論、報道の自由が、過去にない危機に陥っている。

CBSの親会社パラマウント・グローバルは7月3日、トランプ米大統領に和解金1600万ドル(約23億円)を支払うことで合意した。CBSは昨年10月、報道番組「60ミニッツ」で大統領選挙の民主党候補だったカマラ・ハリス副大統領(当時)のインタビューを放送。トランプ氏はこの際、彼女の発言を故意に編集した内容があったと主張し、200億ドル(約3兆円)の損害賠償金を求めていた。CBSは、和解金はトランプ氏の将来の大統領博物館にあてるとし、「和解には謝罪や遺憾の表明は含まれていない」との声明を出した。しかし、CBSをはじめCNNなどに対する攻撃をSNSで続けているトランプ氏との裁判が長引けば、経営リスクに繋がる可能性があった。

ABCも昨年12月、トランプ氏に1500万ドルを支払う和解ですでに手を打った。トランプ氏に対するレイプ関連の民事訴訟判決で、ニュース番組のキャスターが誤った発言をしたことについて、トランプ氏が名誉毀損で訴えていたためだ。ABCとキャスターは、和解の際に謝罪している。
伝統ある米三大ネットワークテレビ局の2局が巨額の和解金をトランプ氏に積み上げた。このため、市民は両局がトランプ氏に「屈した」と捉え、「またか」という雰囲気が広がった。

「60ミニッツ」の看板ジャーナリスト、レスリー・ストールさんは「(言論の自由を保証した)アメリカ合衆国憲法修正第1条を踏みにじっている。報道の自由を踏みにじっている」とCBSの和解を批判。「報道機関とジャーナリズムの将来をとても悲観している」と深刻な発言だ。CBSの和解が、主要メディアが報道の自粛を始める可能性を指摘している。

米紙『ニューヨーク・タイムズ』によると、米国では報道機関が訴えられた場合、裁判で勝訴する可能性は低いという。敗訴して収益など経営へのダメージを被るのを避けて、和解交渉に入ることが多い。和解の後、実際にCBS内では放送を見合わせているビデオがある、とタイムズ。逆にトランプ氏はこれを見て、訴訟が報道機関を規制あるいは弾圧する手段として有効と捉える結果となる。

ローカルを支えるメディアにも危機

公共放送テレビPBSとラジオのNPRもトランプ政権の圧力で苦境に立っている。米上院は7月17日未明、PBSに対する連邦助成金を打ち切りにする法案を可決した。下院が同様に可決すれば、1967年以来初めてPBSは連邦からの運営予算を失うことになる(CNNによる)。

PBSとNPRを潰すことは、トランプ氏の念願でもあった。両局は非営利で、連邦政府や州政府の助成金と個人・基金・企業などの寄付金で運営されているため、メディア業界でもきわめて中立な報道機関とみなされてきた。しかし、トランプ氏は「バイアスがかかっている」とし、偏向報道に税金を使ってはならないと主張してきた。

PBSの最高経営責任者(CEO)、ポーラ・カーガー氏は、小さな地方自治体にある加盟局が近い将来、消えていくことを懸念している。大都市であれば、助成金だけでなく富裕層や基金などからの寄付の収入があるためだ。

カーガー氏は「助成金カットは、全米の加盟局に大きなダメージを与える。特に広大なエリアをカバーしている小さなローカル加盟局には絶望的だ」と声明を出した。
NPRのCEO、キャサリン・マーアー氏はこう指摘する。

「4分の3の米国人が、ローカルの(各種)警報や公共の安全のためのニュースを得るために、公共ラジオに頼っている」

日本のように全都道府県にNHKや民放ローカル局があるわけではない米国の場合、多くの住民がPBSやNPRを信頼し依存しているのは事実だ。ローカルの地域から将来PBSやNPRがなくなることは、大きなダメージとなる。

報道機関だけでなく、米国では現在、市民の言論の自由も逆風を受けている。トランプ氏の看板政策、不法移民の強制送還をめぐっては、強引な捜査が続く。米移民・関税執行局(ICE)は、合法な滞在許可を得る手続きのために裁判所に行った人々を逮捕している。また、グリーンカードを40年近く保持していたメキシコ移民を空港で捕らえ、数カ月も拘束している。

トランプ政権や不法移民政策に反対するデモを取材に行くと、参加者の出足は過去のデモに比べてかなり少ない。見た目で「移民」と思われやすい非白人は、捜査当局に何らかの理由で誤認逮捕されることを恐れてデモには参加しなくなった。

こうしたなか、メディア業界が冷静で中立な報道を続けることが過去になく重要となってきているが、その見通しも不透明となっている。

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「GALAC」2025年9月号

【表紙/旬の顔】福本莉子
【THE PERSON】大窪シゲキ

【特集】フェイク、混迷の時代

フェイク全盛の状況で、いかにファクトを得るか/笹原和俊
ディープフェイクの時代、放送の役割/鵜殿 良
フェイクを見抜く力を子どもたちに/中島佳昭
社会の分断を防ぐための批判的思考(クリティカルシンキング)と対話力/山脇岳志
SNS時代の記者に問われるもの/阿部 岳
ファクトチェックはフェイクをいかに克服できるか/立岩陽一郎
〈特別編〉フェイクを楽しむ新文化 フェイクドキュメンタリーの世界/戸部田誠

【第62回ギャラクシー賞 大賞受賞者の声】
テレビ 尾崎裕和 「虎に翼」は終わらない
ラジオ 米嵜竜司 放送のなかで“ビビビ”と来る瞬間
CM 伊藤亮佑 世に問いかけ固定観念をほぐす
報道活動 関西民放NHK連携プロジェクト 次世代に繋ぐ報道連携の意義

【連載】
ダラクシーの秘密基地/ダラクシー賞選考委員会
イチオシ!配信コンテンツ/茅原良平
報道番組に喝! NEWS WATCHING/北林靖彦
国際報道CLOSE-UP!/伊藤友治
海外メディア最新事情[ニューヨーク]/津山恵子
GALAC NEWS/長井展光
TV/RADIO/CM BEST&WORST
BOOK REVIEW『発言禁止-誰も書かなかったメディアの闇-』『ローカル局の戦後史-
九州朝日放送の70年-』

【ギャラクシー賞】
テレビ部門
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CM部門
報道活動部門
マイベストTV賞

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