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Industry Curation 2025.07.28 UP

【Inter BEE CURATION】韓国大統領選挙 新大統領誕生、そして社会の分断

安 暎姫 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌k「GALAC」2025年8月号からの転載です。

経済界の期待とジェンダーによる分断

 2025年6月3日、韓国で第21代大統領が選出された。今回の選挙は、前任の尹錫悦大統領が憲法裁判所によって罷免されたため予定より早く実施されたものだ。選挙の結果、「共に民主党」の李在明候補が49・42%の得票率で、「国民の力党」の金文洙候補(41・15%)らを抑えて当選した。

 新大統領の誕生により、韓国の株式市場は大きな期待感に包まれ、株価指数も一斉に上がった。過去の大統領選挙後も、3回中2回は選挙から1カ月後に株価が上昇しており、今回も投資家心理が好転している。新政権は法人税や相続税の引き下げ、規制緩和、AI産業への大規模投資、企業活動の活性化など、経済成長を重視した政策を掲げている。こうした政策への期待が、株価上昇の背景だ。

 一方で、今回の大統領選挙では若年層の男女間の分断が一層鮮明に表れた。近年、韓国社会ではジェンダー対立が新たな社会的亀裂として浮上しており、特に若年層でその傾向が強い。主要候補者の政策や発言が、男女双方から激しい支持と反発を呼び、選挙戦を通じて社会的議論が過熱した。そして、20~30代の女性は李在明候補を、20~30代の男性は保守の金文洙候補または李俊錫候補に票を入れた。今回の大統領選挙で、男女間の分断が鮮明に表れた背景には、複合的な社会・政治的要因が存在している。

 韓国政治史上でジェンダーが争点となったのは、前回の大統領選挙からといえる。特に、20代男性と20代女性の投票傾向が著しく分かれ、若年層を中心にジェンダー対立が表面化した。当時、保守系の「国民の力党」候補であった尹錫悦氏は20代男性の票を狙い、反フェミニズム公約や女性家族部の廃止などを前面に打ち出した。これに20代女性は強い反発心を示し、民主党の李在明氏への支持に結集した。実際、20代女性の92・3%が「尹錫悦候補の当選を阻止するため」に民主党候補を選んだと答えている。

 しかし、今回の出口調査では20代男性と20代女性の政治的傾向の違いが34%だった。これは3年前の大統領選より12ポイントも男女差が出ている。20代男性の74%が保守系の候補に投票し、20代女性の58%は民主党の候補を支持した。30代の男女も同様の対立傾向にある。

 韓国社会は依然としてOECD諸国の中で最大の男女賃金格差(31%)で、高い女性差別指数を記録している。一方、若い男性の間では、女性支援政策が自分たちへの「逆差別」と感じる傾向が広がっている。代表的なのは、男性だけが義務付けられている兵役や、就職・採用における女性優遇政策などだ。彼らは「フェミニズムが男性嫌悪に変質した」と主張し、ジェンダー平等政策に反対する声を強めている。

 近年の結婚・出産忌避現象や経済的不安も、ジェンダー対立を深める要因だ。結婚適齢期の性比不均衡、若年層の就職難や所得格差、住宅難などの構造的問題のなかで、男女双方で相手側が「特権」を受けていると認識する傾向が強まっている。さらに、結婚や家族に対する伝統的価値観と新しい世代の変化が衝突し、ジェンダー対立は一層先鋭化している。

 今回1位、2位では確実に差が付いたものの、保守系か進歩系かで分けると、五分五分の僅差であった。そのため、選挙後もSNSやオンラインコミュニティでは当選結果に対する賛否が激しく交錯し、男女間の意見対立が続いている。ここで面白いのは、若年層では男女で真逆なのに、40代以降は保守党であれ、進歩党であれ、男女の選択が同じになるということだ。

国内での地域差も露わに

 さらに、根強い地域差も見られた。首都圏を含め韓国の西側では「共に民主党」の李氏が圧倒的な支持を集めた一方、釜山や大邱など東側の伝統的な保守地盤では最大野党「国民の力 党」の金氏が強さを見せた。地図で色分けすると韓国を縦に割った状態になる。韓半島は南北に分かれているだけでなく、南の半分がさらに縦に割れるのはまるで昔の新羅、百済、高句麗の三国時代を彷彿させる。

 投票率は79・4%と、前回を上回る高水準を記録した。弾劾という非常事態のなかで国民の政治参加意識が一層高まったことがうかがえる。今回の選挙では、AI産業への大規模投資、週休2・5日制の導入、若者や住宅・雇用支援、法人税・相続税の引き下げなど、経済・社会政策をめぐる争点が目立った。大統領の再選制、決選投票制、国会権限強化などの政治制度改革や地方分権、基本権の拡大も主要な論点となった。こうした議論が選挙戦を通じて活発化しており、今後の制度改正への国民の期待も高まっている。

 今回の大統領選は、非常事態下での実施、地域・世代・ジェンダーによる分断、政策競争、政治改革への関心など、現代韓国社会の複雑な様相を如実に示すものとなった。新政権の舵取りが、分断の克服と社会の安定に向けてどのような道筋を示すのか、注目が集まる。

【ジャーナリストプロフィール】
アン・ヨンヒ 韓国ソウル在住。日韓の会議通訳を務めながら、英語をはじめ8カ国語の国際会議通訳・翻訳会社を経営。『朝日新聞』でのコラム連載を経てウェブ・マガジンの『JBPress』と『フォーブス・ジャパン』で連載中。

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