Inter BEE 2025 幕張メッセ:11月19日(水)~21日(金)

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Special 2025.12.04 UP

【Inter BEE CURATION】高市新総理に揺れるメディア 変わりゆく東アジアの風景

安 暎姫 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2025年12月号からの転載です。

「女性アベ」への複雑な視線

日本初の女性総理大臣が誕生した。高市早苗――「強い日本」「正義ある国」を掲げた新首相の就任は、国内だけでなく東アジア全体に衝撃をもたらした。保守色の濃い政治姿勢と明快な国家観は、安倍晋三元首相を想起させるとして、韓国では早くも「女性アベ(女安倍)」という呼称が広がっている。
その響きには称賛よりも警戒のニュアンスが強く、日韓関係の新たな局面を暗示している。

10月4日、高市前経済安保担当相が自民党総裁選で勝利した瞬間、韓国の主要メディアは一斉に「速報」を打った。朝鮮日報や中央日報、聯合ニュースなどは「極右系の代表的政治家」「安倍路線の継承者」といった見出しを掲げ、歴史認識や安全保障政策への懸念を相次いで報じた。
KBSは「靖国参拝の常連」「戦争責任を相対化する政治家」と紹介し、SBSやJTBCでは討論番組で「日韓関係の冷却化は避けられない」とするコメントが相次いだ。

この論調に対し、韓国大統領府は「未来志向の関係を維持したい」とのコメントを発表し、外交当局も冷静な対応を呼びかけている。
しかし、民間の報道や世論のトーンはおおむね慎重だ。特に慰安婦、徴用工、竹島(独島)といった懸案への発言や靖国神社参拝の姿勢が注目され、「歴史修正主義的」「安倍元首相の再来」といった表現が紙面や番組で繰り返された。

こうした報道の背景には、岸田文雄政権期に再開された「シャトル外交」が今後も維持されるかという不安がある。
ソウルの国際関係専門家の一人は「岸田首相の時代には関係修復の機運があったが、高市政権では再び冷却化のリスクが高まる」と指摘する。

もっとも、韓国社会の反応は一様ではない。高市氏が日本政治における「ガラスの天井」を打ち破ったこと自体を「社会的進歩」と評価する声も少なくない。SBSの特集番組では、メルケル元独首相やサッチャー元英首相、蔡英文前台湾総統らと比較しつつ、「フェミニズムを掲げず、国家と秩序を重視する姿勢が日本的だ」とする論評が紹介された。

韓国社会では女性リーダーの登場に一定の共感がある一方で、「女性だからこそ柔軟な外交を期待しているが、実際はより強硬な路線になるのでは」といった複雑な感情も交錯している。

「政治と経済は別」日韓協力の余地は

こうした複雑さの背景には、東アジアを取り巻く国際環境の急変もある。
米国ではドナルド・トランプが再びホワイトハウスに戻り、「アメリカ・ファースト」を掲げて保護主義を強化したことで自動車、半導体、バッテリーといった日韓の基幹産業は高関税の直撃を受け、両国とも輸出収益の減少に苦しんでいる。
韓国の経済紙では「この共通の痛みが、逆説的に日韓協力を促す現実的要因になる」と論じた。

実際、両国の経済界や産業界では「政治の緊張と経済の現実を分けて考える」姿勢が広がっている。
韓国のテレビ経済番組では、「ナショナリズムの台頭が経済合理性を妨げてはならない」と警鐘を鳴らしながらも、「対米交渉」「脱中国」戦略のなかで韓日協力の必要性を強調する専門家の声が多い。

一方、民間レベルの交流はかつてないほど活発だ。
K―POPや日本カルチャーの相互輸出、観光客の往来、スタートアップ分野での共同プロジェクトなど、若い世代を中心に「共生の現実」が根づきつつある。
ソウル大学の国際関係学者は「新首相の政策がどれほど保守的でも、経済と安全保障の分野では協力の余地がある。むしろ、強いリーダー同士が率直に対話することが、新しい関係の入り口になる」と指摘する。

政治が揺れても、人と人との交流は止まらない。かつてのように感情的な対立が関係を支配する時代ではない。
今の両国には、実利を重視する世代が台頭し、SNSやサブカルチャーを通じた共感の回路が広がっている。
だからこそ、政治の緊張があっても、文化や経済の絆は容易には断たれない。

高市氏の就任は、日本国内では「女性リーダー誕生」の象徴として祝福され、保守層の熱烈な支持を集めた。
しかし韓国では、彼女の強硬な外交姿勢や歴史観への警戒感が先行している。
両国のメディア論調を見比べると、同じ事実がまったく異なる意味を帯びて伝えられているのが印象的だ。

それでも、時代は明らかに変わりつつある。かつての「感情の外交」から、「現実と戦略の外交」へ。
新首相が掲げる「強さ」が、東アジアにおける新たなバランスを築く力となるのか、それとも再び硬直の壁を生むのか。
答えはまだ見えない。
だが、確かなのは、日韓の民間社会がすでに政治を超えて動き始めているということだ。

両国の新しい指導者たちはそれぞれの国益を抱えつつも、共通の課題に直面している。歴史をめぐる葛藤を乗り越え、実務的協力の道を見出せるかどうか。日韓二人のリーダーの選択が、次の10年の東アジアを決定づける鍵を握っている。

【ジャーナリストプロフィール】
アン・ヨンヒ 韓国ソウル在住。日韓の会議通訳を務めながら、英語をはじめ8カ国語の国際会議通訳・翻訳会社を経営。『朝日新聞』でのコラム連載を経てウェブ・マガジンの『JBPress』と『フォーブス・ジャパン』で連載中。

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「GALAC」2025年12月号


【表紙/旬の顔】中沢元紀
【THE PERSON】五百旗頭幸男


【特集】放送のガバナンスを問う
フジテレビ問題が残したメディアの課題/砂川浩慶
「誰ひとり取り残さない」TBSの取り組み/井上 波
テレビが抱えるジェンダー格差の課題/治部れんげ
民放局の企業ガバナンスと「公共性」/古川柳子
放送界のガバナンスは自ら構築すべきもの/原 真


【特別寄稿】2025年の選挙報道を総括する/山田健太


【追悼】辻 一郎/梅本史郎


【連載】
BOOK REVIEW『刻印-満蒙開拓団、黒川村の女性たち-』『君と会える1%の未来』
番組制作基礎講座/渡邊 悟
テレビ・ラジオ お助け法律相談所/梅田康宏
報道番組に喝! NEWS WATCHING/北林靖彦
国際報道CLOSE-UP!/伊藤友治
海外メディア最新事情[ソウル]/安 暎姫
GALAC NEWS/長井展光
GALAXY CREATORS[高橋直希]/長谷川達哉
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