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Special 2021.06.18 UP

【Inter BEE CURATION】警察腐敗を描く長寿ドラマ、なぜ国民的話題に?

小林 恭子 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2021年7月号からの転載。連載記事「海外メディア最新事情」にロンドン在住のジャーナリスト小林恭子氏が書いた、イギリスの長寿ドラマの話題です。現地からの最新レポートをぜひお読みください。

汚職警官「H」って誰?

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BBCのドラマ「Line of Duty」の腐敗調査チームの面々(週刊誌『ラジオ・タイムズ』5月1-7日号。誌面撮影=筆者)

「OCG? CHIS? MIT?」。ドラマのなかで、今までに聞いたことがないようなアルファベットの略語が飛び交った。そして、視聴者の一番の関心事は「『H』って、誰?」。

 次から次へと頭の中に疑問符を発生させたのは、BBCの長寿ドラマで警察の腐敗を暴くチームの奮闘ぶりを描くドラマ「Line of Duty」(「職務」の意味)だ。最新のシリーズ6を見るために、毎週日曜日の午後9時、英国の視聴者はテレビの前に座った。5月2日、最終回の放送日には、約1300万人の視聴者を集めた。英国の有権者の半分強にあたる。

 有料動画配信サービスや英国の放送局が提供する無料の再視聴サービスを使えば、今やいつでも好きなときに好きな番組を視聴できる。Netflixの手法を真似て、放送局も最初の回の放送時にすべての回を配信する「ボックスセット」型で番組を提供するようになった。しかし、「Line of Duty」はあえて週に1回の従来のテレビ放送のスタイルを厳守。どんなに先を知りたくても、1週間後の放送日まで待たなければならない。視聴者の飢餓感を増幅させる、ニクイ演出である。

 「Line of Duty」シリーズ1の放送開始は、2012年。その魅力は名脚本家ジェド・マーキュリオによる、視聴者の予想を大きく裏切るストーリー展開、そして警察内部に設置された汚職・腐敗調査班「AC―12」が披露する、被疑者に対する丁々発止の尋問だ。被疑者とされた警察官は調査官に矢継ぎ早に鋭い質問を浴びせられて窮地に立たされるが、思わぬ新事実を突きつけて切り返す。そのやり取りは息もつけないほどの迫力だ。

 番組では捜査関係の略語が続出した。尋問の場面や捜査の視点を理解するためには、視聴者は略語の意味をしっかりと理解する必要がある。ドラマ内のさまざまな要素に目をやり、今何が問われているかを頭に徹底的に叩き込むこと。「Line of Duty」は、視聴者に「汗をかく」ことを要求するドラマでもあった。

 3月末から放送されたシリーズ6では、「OCG」(Organised Crime Group=組織犯罪グループ)、「CHIS」(Covert Human Intelligence Source=極秘情報提供者)、「MIT」(Murder Investigation Team=殺人事件調査班)などの略語が錯綜した。しかし、なんといっても視聴者の最大の疑問は「汚職警官のネットワークを牛耳る人物『H』が誰か?」だった。以前のシリーズで汚職警官の一人から得た情報をもとにしてHが付いた名前を持つ人物を捜査対象とした調査班は、次々とほかの汚職人物を突きとめていく。

 最新シリーズの最終回の放送では、視聴者数がこれまでで最高に達した。しかし、視聴者の期待が高すぎたのか、「失望した」という声も多かった。無料紙『メトロ』や左派系新聞『ガーディアン』の評価は最高点星5つのなかで、今回のシリーズは星3つ。放送中の評価を合わせると、批評家・視聴者の不満は大きく2つあった。1つは「ストーリーがこれまで以上に複雑で、理解しにくい」。もう1つは「最後の大物Hが想像していた人物ではなかったことへの落胆」である。BBCは今回が最終シリーズなのかどうかをまだ正式には発表していない。

 ちなみに、筆者と家人は「Line of Duty」のストーリーを十分に把握するために同じ番組を2度見た。午後9時から1時間のドラマであるため、前日の夜か当日の午後8時からBBCの再視聴サービスを使って、前回放送分をもう一度見る。展開が不明だったときや、どの人がどんな人物だったかが怪しくなると、リモコンで画面を止め、「この人はこうだったよね」と確認し合う。そして9時になったら、今度は新たな回と向き合う。デジタル時代ならではの楽しみ方だった。

 次回の放送までのお楽しみはほかにもあった。『ガーディアン』は放送終了後、ウェブサイト上でその回のあらすじをまとめた記事を連載した。ファンは記事を読み、自分の知識を確かめ、コメント欄に感想を書き込む。素晴らしい作品を見れば、誰かと話したくなるのが常だが、『ガーディアン』の連載記事はそのような要求を満たすのに最適だった。

汚職警官の実録番組も

「Line of Duty」と並行して放送されたのが、ドキュメンタリー番組「不正警察官:職務を超える(Bent Coppers: Crossing the Line of Duty)」であった。ドラマの調査班AC―12にはモデルがあり、本物は「AC―10」だった。

 舞台は1970年代のロンドン。犯罪組織と取引をして賄賂を受け取っていた警察官のグループがいた。AC―10の調査によって18人の警察官が刑事罰を受けた。さらに、ロンドンの中心部「シティ・オブ・ロンドン」を管轄するロンドン市警察での汚職捜査には地方警察から100人以上の刑事が集められて捜査を開始。3回にわたって放送されたドキュメンタリーは、汚職との戦いが今でも続いていると締めくくった。「正義を貫く」がモットーのドラマ「Line of Duty」には、社会的意義もあったと思うこの頃だ。


※筆者プロフィール
こばやし・ぎんこ メディアとネットの未来について原稿を執筆中。ブログ「英国メディアウオッチ」、著書『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)、『英国メディア史』(中公選書)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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