Inter BEE 2024 幕張メッセ:11月13日(水)~15日(金)

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Special 2023.12.11 UP

【Inter BEE CURATION】トコジラミ・フォビアが拡散 フェイクニュースも氾濫!?

ジャーナリスト  安 暎姫 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2024年1月号からの転載です。

パンデミックの後のビンデミック

1980年代以前の韓国では、トコジラミ(南京虫)がかなり見られたというが、DDT(Dichloro Diphenyl Trichloroethane)という殺虫剤が70年代に導入されてからは撲滅されたと思われていた。実際、2014年から10年間、韓国の疾病管理庁に報告された通報数は、9件にすぎない。たまに海外でトコジラミ流行の報道があっても対岸の火事を見るようであった。
 しかし、23年10月に仁川のサウナでトコジラミが出たという通報を皮切りに、大邱の大学寮や宿泊施設などでトコジラミの通報が続くと、韓国国内で一気に「トコジラミ・フォビア(恐怖症)」が伝播した。ネットでは、バスや地下鉄に乗りたくないという人がいたり、トコジラミの天敵だからゴキブリを放つべきだなどと荒唐無稽な主張をする人もいる。さらに、外国人労働者や、韓国で23年に開かれた世界スカウトジャンボリー大会のせいだなどと外国人を排斥するような意見もある。

 韓国では、トコジラミに対してあまりいい印象を持っていない。なぜなら人にずっと奢ってもらおうとする図々しい人のことを「ビンデ(トコジラミ)」と呼んでおり、まさに貧困の象徴だからだ。韓国はすでに豊かな国になったのに、貧困の象徴とされるトコジラミが出たことに対して人々は驚いている。新型コロナパンデミックの次は「ビンデミック(ビンデとパンデミックを組み合わせた造語)」が来た、と言われるほどだ。トコジラミ・フォビアが拡散するとそれに関するフェイクニュースも増えてきた。駆除するには部屋の灯りをつけっぱなしにするのがいいとか、珪藻土、重曹、エッセンシャルオイル、フィトンチッドが駆除に効果があるという主張もあった。前述したゴキブリがトコジラミの天敵というのも嘘の情報だ。
 こうした人々の不安を素早くキャッチして、政府も対策に取り組んでいる。まずソウル特別市は、トコジラミ申告センターを運営し、仁川市は銭湯やチムジルバン(韓国式サウナ)、宿泊施設に対する緊急衛生点検を行った。

出没情報を知らせるサービスも

 中央政府もトコジラミ拡散防止のため、大統領を補佐する国務総理を中心に行政安全部、保健福祉部、疾病管理庁、環境部など、10の省庁が一丸となって参加する「トコジラミ合同対策本部」を発足させ、4週間集中点検を始めた。また、代替殺虫剤となる8つの製品に対して緊急に使用許可を承認した。以前トコジラミ駆除に使われていたDDTは、体内蓄積性が高い物質で、地球の生態系に深刻な影響を与える汚染物質とされており、製造および使用中止となっている。また、今までの殺虫剤に対して耐性を持つトコジラミが出ていることから、ネオニコチノイド系殺虫剤を緊急承認した。これにより、これらの殺虫剤と関連した株価も同時に上昇するなど、社会現象も見られた。緊急承認されたネオニコチノイド系の殺虫剤は今のところ専門の駆除業者しか使えないので、一般の家庭ではこれまでの殺虫剤を使うしかない。それでも殺虫剤の売り上げは軒並み増えている。
 あるサイトでは、トコジラミ駆除剤の販売量が前年同期比813%に増加、寝具清掃機は610%増、トコジラミ遮断用ベッド・マットレス防水カバーは111%増、高熱スチーム機は125%増だと発表している。釜山市、大邱市など主要自治体も13日から翌月までトコジラミの出没可能性の高い銭湯やチムジルバン、宿泊施設の衛生状態を点検している。

 そして、新型コロナウイルスのパンデミックが始まった初期に感染者の動線を知らせるサイトがあったように、トコジラミ出没情報を知らせるサービスも出ている。ソウル市は「トコジラミゼロ都市ソウルプロジェクト」を11月3日に発表し、市長が率先してトコジラミ対策を打ち出している。11月8日からは、オンラインでトコジラミ出没を通報できる窓口も新設した。毎日トコジラミの脱皮のあとや排泄物などを確認する施設に対しては、「トコジラミゼロ管理施設」を認証する安心ステッカーが貼られている。またソウル市はユーチューブを通じて「フェイクニュースチェック」というサムネイルの動画を発信し、正しいトコジラミ予防・管理法を教えることで、被害を最小化しようという方針を立てた。
 トコジラミ出没通報が毎日のように出ている中で、政府はトコジラミが確認された地域を中心に災難安全特別交付税22億ウォンを緊急支援することを決めた。この特別交付税は、集中点検防除期間内に全国の自治体の防疫作業や殺虫剤などの防除薬品の購入などに使われる予定だ。さらに国土交通部では、11月13日から1カ月間をトコジラミ集中点検期間と決めて、バスと鉄道、航空など、施設別に防疫を強化。ターミナル施設やバス、タクシーの清潔状態も常時確認し、自治体と関連業界と協力して防除活動を強化するという。
 今のところ、トコジラミを通報した場合でも誤認が多く、それよりも「トコジラミが出た場合、どうすればいいのか」に対する問い合わせのほうが多いという。なかなか人々の不安は拭いきれないでいる。

【ジャーナリストプロフィール】
アン・ヨンヒ 韓国ソウル在住。日韓の会議通訳を務めながら、英語をはじめ8カ国語の国際会議通訳・翻訳会社を経営。『朝日新聞』でのコラム連載を経てウェブ・マガジンの『JBPress』と『フォーブス・ジャパン』で連載中。

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