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Special 2023.04.10 UP

【Inter BEE CURATION】いじめを題材にしたドラマ 「ザ・グローリー」が現実を動かす

安 暎姫 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2023年5月号からの転載です。

Netflixから東南アジアへ

「ザ・グローリー~輝かしき復讐」は、現在Netflixで配信されている韓流ドラマである。韓流ドラマ特有のラブコメではなく、「いじめ・復讐」をテーマにした少し暗い内容だ。
 あらすじは、理由もなくいじめの対象にされた女性主人公が、我慢できず警察に駆け込むが、加害者の親が警察と教師を買収しており、校内暴力をなかったことにしてしまうというもの。仕返しとして加害者らはヘアアイロンの温度チェックと称して、彼女の体のいたるところに熱したヘアアイロンを当て、身体をズタズタにするのだ。耐えきれず彼女が高校を中退する際、加害者の名前を書いて退学届を出すのだが、彼女の母親をカネで丸め込み、事実をもみ消す。彼女を守るべき立場の親や教師、警察までもが彼女に冷たく、いじめに加担した。彼女は心身ともに傷つき自殺を考えるが、それを踏みとどまって復讐するために立ち上がる。18年という長い年月をかけて復讐の準備を進め、ついに加害者らに鉄槌を下す。
 「ザ・グローリー」がNetflixで配信されると、韓国をはじめタイ、シンガポール、マレーシア、ベトナム、インドネシア、フィリピンなど、東南アジアで話題となった。さらに、意外なところに影響を及ぼした。Netflixというグローバル・プラットフォームで配信されたためか、タイで被害を暴露する事例が起こり始めた。「#The Glory Thai」というハッシュタグとともに、校内暴力の被害経験談や目撃談が出始めた。なかでもタイの有名俳優Ohmpawat(オムパワット)のいじめ問題が浮上し、謝罪するに至ったのである。
 ドラマに登場するヘアアイロンでのいじめ描写には、実際の事件が隠されている。2006年の韓国清州で起きた「チョンジュ女子中学生事件」がそれだ(Netflixは、この事件とドラマは無関係であると発表してはいるが)。
 さらに、ドラマのなかには被害者の前に、同じいじめグループからいじめられた末にビルから転落死する女子高生が出てくるが、これも似たような事件が2009年に起きていた。韓国の、事件を深く掘り下げて報道する「それが知りたい」という番組で、事件の深層や加害者のその後が最近放送された。そのなかで、当時の加害者と思われる4人の現在が語られたが、彼らは整形手術で顔を変えて結婚し、普通の人として無難な人生を送っているという。
 ドラマのなかの加害者たちも、まったく過去を反省せず、それぞれの夢を叶えて、のうのうと暮らしている。「ザ・グローリー」は、これまで埋もれていた「校内のいじめ問題」を浮上させ、人々にその是非を問うているように見える。あなたが、またはあなたの子どもが、こんな仕打ちを受けたらどうしますか?と。

韓国国内にも及ぶ影響

今年の2月、警察国家捜査本部長に任命されたチョン・スンシン弁護士(元検事)の息子が過去に犯した校内暴力問題が浮上し、任命された翌日に取り消しとなった。
 現在、チョン弁護士の息子は名門ソウル大学に在学中だが、被害者の一人は自殺未遂を繰り返し、大学進学もできず精神科治療を受けており、もう一人は家族とともに海外へ移住したという。
 韓国の中学・高校には日本の内申書に当たる「学生生活記録簿」(以下、生記簿)というものがある。もし校内暴力が認められた場合、生記簿に記載されることになる。だが、チョン・スンシンの息子の場合、高校で学校暴力懲戒処分を受け、転校処置とされたにもかかわらず、生記簿に記載されなかった。なぜなら、学校暴力懲戒処分を不服として、「学校暴力対策審議委員会処分執行停止」を申請し、行政訴訟を繰り返したからだ。訴訟は平均400日以上かかるため、懲戒処分執行停止期間となる。その間は、懲戒内容が生記簿に記載されないのだ。
 つまり加害者は、訴訟で時間を引き延ばすことによって、卒業の際に校内暴力の記録が残らないきれいな生記簿を得ることができる。生記簿は大学受験に響くため、このような行為をするのである。また、現在の韓国の法律では、学校での懲戒処分は2年後には抹消されることになっているため、大学を卒業する頃には何事もなかったように振る舞えるわけだ。
 現在、野党議員は、チョン弁護士を警察の頂点ともいえる国家捜査本部長に任命した大統領をも厳しく批判している。そして、「ザ・グローリー」のリメイク版を見ているようだと罵る。
 また、学生時代の校内暴力やいじめが暴露された芸能界、スポーツ界の人たちにも影響を及ぼしている。最近、演歌歌手として人気を得ていたファン・ヨンウンはレギュラー番組から降ろされ、野球界のアン・ウジン投手はWBC国家代表から外された。さらにアイドルグループの一員としてデビューしたキム・ガラムは、BTSが所属しているハイブとの契約を打ち切られた。
 皮肉なことに、「ザ・グローリー」の演出を担当したディレクターも学生時代の校内暴力が暴露され、3月13日にその事実を一部認めた。このようにドラマが発信した「いじめ問題」は、韓国の政治・社会までも動かしている。

【ジャーナリストプロフィール】
アン・ヨンヒ 韓国ソウル在住。日韓の会議通訳を務めながら、英語をはじめ8カ国語の国際会議通訳・翻訳会社を経営。『朝日新聞』でのコラム連載を経てウェブ・マガジンの『JBPress』と『フォーブス・ジャパン』で連載中。

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