Inter BEE 2024 幕張メッセ:11月13日(水)~15日(金)

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Special 2021.05.14 UP

【INTER BEE CURATION】長引くコロナ禍に喘ぐ、ドイツの長寿ドラマ

稲木せつ子 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2021年6月号からの転載。連載記事「海外メディア最新事情」にウィーン在住のジャーナリスト稲木せつ子氏が書いた、ドイツのドラマ制作事情です。コロナ禍の影響はもちろんドイツでも。現地からの最新レポートをぜひお読みください。

ドイツ人もメロドラマ好き

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男優の妻(左画面)が、キス相手の女優の代理としてキスシーンに出演。放送では鼻から口元のアップ部分が使われた。RTLの番宣サイトのスクリーンショット(筆者撮影)

日本ではメロドラマ番組(*1)がすっかりお茶の間から姿を消したが、欧州では今も人気がある。合理的なイメージがあるドイツ人も、お涙頂戴風のメロドラマ番組好きで、長寿番組がある。最も知られるのは「良い時、悪い時」(*2)で、ベルリンの一角に住む人々の生き様を描いた作品だ。三角関係や妊娠、殺人事件などが複雑に絡み合うストーリー展開で、登場人物の気持ちのぶつけ合いが人気の秘密。民放で視聴シェア1位を誇るRTLドイツが、19時から20時台のプライムタイムで、月~金の帯で放送している。この枠は29年前の放送開始から不動で、公共放送ARDの定時ニュースの裏番組として長年手堅い視聴実績を上げていた。だが、コロナ禍でこの人気番組も多くの困難にぶつかっている。ドイツのドラマ制作事情と合わせて紹介する。

同番組は、昨年4月にスタッフが新型コロナに感染し、撮影が中断された。その間に制作側は感染予防ガイドラインを作りながら、コロナ禍での方針を見直した。新体制では撮影に時間がかかるため放送日を減らすことが検討されたが、プロデューサーは「月~金で放送できなくなったら、もう連ドラじゃない」とこだわった。同様に、番組の内容についても脚本の流れを変えないことにした。同番組は過去にLGBTQやMe Tooなどの社会事象を取り上げており、コロナ禍を扱っても不自然ではない。そのほうが撮影や演出も楽になるが、制作側は苦しい現実からの逃避となるメロドラマの世界を守ることにしたそうだ。

立派な方針だが、コロナ禍での実践は容易ではない。厳格な感染予防に加え関係者全員が週に最低2回のPCR検査を受けるが、陰性が確認されていても、1・5メートルの距離を保つ必要がある。役者の控室もすべて個室で、メイクは役者自身が行うほどだ。

放送画面からその徹底ぶりを紹介すると、掛け合いは相手越しショットで対話が演出されるが、近距離での2ショットがまったくない。差しのべた手の指が触れ合う直前にカメラがフォーカスアウトするなど、メロドラマだからなんとか成立する「クサい」演出が続く。時折キスシーンのフラッシュバックがあるが、現在形で役者同士は接触しない。

「キスシーンのないメロドラマなんて……」と視聴側が欲求不満になりそうだが、制作陣もこれ以上スキンシップがなかったらドラマが成立しないタイミングでは、「奥の手」を使う。

制作再開から約半年ぶりとなったキスシーンでは、男優の妻が抱擁やキス部分の代役を務めた。入れ替わりがわからないよう、暗がりにして、初めての「不倫キス」が演出される。妻は鼻から口元と、後ろ姿で出演した。

別のカップル役を演じた二人は、5日間の自宅隔離で安全確保したうえでラブシーンの撮影を1日だけ行っている。抱擁やキスができる「貴重な撮影日」ということで、衣装を何度も替えて、複数場面のラブシーンを撮影したそうだ。役者への負担も増えており、まとめての撮影では気持ちの切り替えが大変だったという。

この手法は繰り返し活用されており、他のカップル役もキスシーンのために自宅隔離をしたほか、代役による撮影では、別のシーンで女優の娘や妹が撮影協力をしている。

メロドラマだけに、密接なシーンほど代役での演出は厳しい。キスシーンで女優の顔が見えないと、私は「これは代役だ」と興が醒める。
長寿番組だけに、感染予防を徹底した画作りにファンは違和感を覚えなかったのだろうか?

※注
*1 元はドラマ性を誇張した扇情的な演劇作品だが、その後、恋愛(純愛や不倫)を主なテーマとした映画やテレビ番組のジャンルとなる。ソープオペラ、テレノベラとも呼ばれる。
*2「Gute Zeiten, schlechte Zeiten」。オーストラリアの人気メロドラマをフォーマット化した作品。初放送は1992年5月。正確な放送枠は19時50分~20時20分。

舞台裏公開で、ファンに身内感覚を

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写真:TVNOW / Wolfgang Wilde 

調べてみると、同番組は、早期段階では撮影再開の努力がファンに評価されていた。だが、夏に感染が下火になると「画面上の距離感が耐えられない」という声が続出。RTLは、俳優の発言を通じて番組で感染を取り上げないで、長寿番組の世界を守るとの方針を明らかにしているのだが、慣れ親しんだ世界にどっぷりと浸かりたいファンの期待と、撮影現場の規制とのギャップは、容易に埋められない。

番組の主要キャラクターが死亡する8月のエピソードで、家族が言葉だけで慰め合う演出にファンの不満はピークに達した。感染前なら抱き合って死を悲しむのに、家族の反応があまりに不自然すぎるとファンが怒ったのだ。

初めての代理によるキスシーン撮影は、こうした背景から生まれた。RTLは、待望のキスシーン復活を放送前から大宣伝し、代理撮影であることを隠さずに、むしろ舞台裏を細かく公開した。メイキング動画まで作り、男優にはカメラの前で妻(代理)とキスした感想を語らせた。

また、インスタグラムで若手女優とファンとのライブ交流も企画している。コロナ禍の影響や撮影の苦労話、抱き合えないもどかしさなど、参加した女優の語りを通じてファンの「身内意識」を高めた。ドイツで再び感染が拡大するなかで、評価は次第に、コロナ禍で制作者は頑張っているという前向きなものに変わっていった。

撮影規制でドラマのリアリティが減った分、作り手が番組制作の舞台裏(別の真実)をさ
らけ出すことでファンの心を繋ぎ止めたようだ。RTLが取った戦略は、国境を越えた示唆に富んでいる。


※筆者プロフィール
いなき・せつこ 元日本テレビ、在ウィーンのジャーナリスト。退職後もニュース報道に携わりながら、欧州のテレビやメディア事情等について発信している。

GALACとは
放送批評の専門誌。テレビやラジオに関わるジャーナルな特集を組み、優秀番組を顕彰するギャラクシー賞の動向を伝え、多彩な連載で放送メディアと放送批評の今を伝えます。発行日:毎月6日、発売:KADOKAWA、プリント版、電子版

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GALAC2021年6月号内容のご案内
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特集1】歴史番組に学ぶ
・〈インタビュー〉歴史は目的ではなく手段である。 /磯田道史
・歴史というコンテンツの魅力 歴史番組ヒストリー /編集部
・個性溢れる歴史番組

【特集2】コロナとの付き合い方
・〈インタビュー〉コロナで変わったこと変わらないこと /赤江珠緒
・ドラマは「コロナ禍のリアル」をどう描くか /岩根彰子
・テレビ東京「有吉の世界同時中継」の挑戦 /岩下裕一郎
・コロナ禍を乗り越えるバラエティのアイデア力 /桧山珠美

【連載】

【ギャラクシー賞】テレビ部門:月間賞ほか

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