Inter BEE 2021

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Special 2025.12.10 UP

「ドジャースはなぜ投資するのか?」 ─ INTER BEE IGNITION基調講演レポート

HEART CATCH 西村 真里子

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2025年11月19日、INTER BEE(テレビ&メディア関連テクノロジー見本市 @ 幕張メッセ)において、投資企業スクラムベンチャーズの宮田拓弥氏と、LAドジャースの投資部門 Elysian Park Ventures のジェイ・アディア(Jay Adya)氏による基調講演が行われた。INTER BEE の企画者として本セッション「なぜドジャースは投資するのか?スポーツもテレビ局も投資をする時代」を担当できたことを、私は誇りをもって振り返る。その理由は、このセッションがスポーツ、メディア、テクノロジー、そして投資がどのように再編されていくのかを両氏が極めて実践的かつ構造的に示した貴重な場だったからだ。

ドジャース系列の投資会社である Elysian Park Ventures は、野球だけに投資しているわけではない。女子バレーボールリーグ「LOVB」や、新しく立ち上げられた「インターナショナル・ダンス・リーグ(IDL)」にも投資している。野球をプロスポーツ投資の基盤的フレームワークとして位置づけつつ、Elysian Park のアプローチは、異なるスポーツやフォーマットへと大胆に視野を広げるものである。以下では、スクラムベンチャーズの宮田拓弥氏と Elysian Park Ventures のジェイ・アディア氏とのセッション対話を、私自身の視点を交えながらレポートする。



冒頭、宮田氏が Adya氏 に、今年2回目の来日であることを教えてくれた。2025年3月のTokyo Series(MLB開幕戦)が初回で、INTER BEEステージが2回目だ。Adya氏 は、日本とドジャースの関係について以下のように言ってくれて会場が沸いた。

「まず、日本のおかげでドジャースはワールドシリーズを勝ち取れた、と言っても過言ではありません。長年日本の選手たちと歩んできた歴史がありますから、日本は非常に重要な市場です」

Elysian Park Venturesとは何か

Elysian Park Venturesは2014年にスポーツに特化した投資会社として設立された。ミッションは「スポーツの未来に投資する」。投資方針は以下2つ:

1. すべての投資テーマがスポーツに関連している
2. 投資後は常に積極的に関与する

彼らの現在のポートフォリオは70社以上で構成されているという。注目すべき特徴は、これらの企業のうち約20社が過去1年間に互いに協力していること。Elysian Park Venturesは単なる投資だけではなく、スポーツ業界の未来を共同で創造するための実験場としても機能している。
彼らの圧倒的な強みは、ドジャースチームへの直接的なアクセスにもある。

アディア氏:「投資を検討する際、幸運なことに、私たちはドジャースのスタッフに電話をかけて、すぐに意見を聞くことができます。『この製品はチームにとって有用か』という質問に即座に答えることができます。」

象徴的な例が Oura Ring だ。
Oura Ringは、睡眠、回復状態、心拍変動(HRV)などの指標を測定するリング型のウェアラブルデバイスであり、アスリートのパフォーマンス管理に適しており、最近では一般ユーザーの間でも広く普及している。Elysian Park VenturesがOura Ringに投資した際、ドジャースのトレーナーやコーチが実際に選手と共に使用し、そのパフォーマンスを評価したという。消費者向け製品の究極のテスト環境は、言うまでもなくプロのアスリート。この徹底した現場検証は、他の投資ファンドでは再現できない強力な優位性である。

アスリートが“投資家”になる時代

宮田氏が次に提示したトピックは、アスリート自身が投資家になる流れだ。米国では、自らの経験に基づいてスタートアップに投資する選手の数が増えているという。ドジャースでも、小規模な投資を始める選手が増えているらしく、アディア氏は「アスリートが個人的に使用して結果を見た製品に投資するケースがますます増えています。アスリートが投資家になり、ビジネスを推進する主体になるのを見るのは興味深いです」と語る。

この傾向を象徴する例として強調されたのは、タイガー・ウッズとロリー・マキロイが設立した新しいゴルフリーグ TGL (TMRW Golf League)だ。大谷翔平が投資メンバーの一人であることが注目を集めているTGLについてアディア氏は以下のように語る。

「タイガー・ウッズは投資家であり、選手でもあります。自分がプレーするスポーツに投資し、その未来を形作る。これは、スポーツ業界にとってポジティブな傾向だと思います」

アスリートが自分のプレイするスポーツの新しいエコシステムに、ビジネスの観点からも投資し、未来を設計することはその種目はもちろんスポーツ業界にとっても、アスリートのキャリアにとっても良い流れである。これは、映画、漫画、アニメなどのクリエイティブ産業でも起こるべき動きではないか、と考える。

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スポーツベッティングで最も重視するのは「インテグリティ(公正性)」

宮田氏が Elysian Park Ventures の投資案件の中で最も成功した例を尋ねたところ、アディア氏は DraftKings を挙げた。DraftKings は米国最大級のスポーツベッティング企業であり、Elysian Park にとって投資額・リターンの両面で最大規模の案件である。しかし、アディア氏の説明は単なる高収益案件としての評価にとどまらない。巨額リターン以上に重要だったのは、スポーツベッティングが視聴エンゲージメントを劇的に引き上げた点である。

スポーツベッティングは 2017〜2018 年頃に米国で合法化され、爆発的な市場成長期が始まった。DraftKings はその潮流を最も巧みに捉え、急速に存在感を強めた。アディア氏の指摘によれば、ベッティングは視聴する理由を強化し、統計データはベットを行うファンが試合を長時間視聴することを明確に示している。つまり、DraftKings は単なるベットサービスではなく、視聴行動そのものを変革するサービスである。

ただし、Elysian Park Ventures が投資を検討し始めた当初、最大の懸念の一つは「詐欺リスク」だった。宮田氏が「投資検討時の主要な議論点は何でしたか?」と尋ねると、アディア氏は「特にアメリカでスポーツベッティングが合法化された後、最重要テーマの一つはインテグリティ(公平性の確保)だった」と答えた。具体的には、以下のメカニズムが不可欠と判断された。

・不正なベッティングパターンを検出する第三者機関の存在
・疑わしい活動が発生した際の迅速な調査プロセス
・ベッターと対象選手に関する情報を適切に追跡する
・必要に応じて厳格な法的措置を取ることができる構造

アディア氏「これらが整っていなければ、私たちは1ドルも投資しなかったでしょうし、リーグもベッティングを許可しなかったでしょう」

ベッティングがスポーツに与える重大な影響を十分に理解しているからこそ、インテグリティ(公平性の確保)を保護する技術は絶対的要件である。ベッティングと視聴行動の関係を象徴する例として、アディア氏はラテンアメリカでパイロット実験を行っている Elysian Park のポートフォリオ企業 TAPPP を紹介した。Elysian Park の共同投資先が、ゲーム放送画面上に視聴者が即時にベットできるパネルを表示するテストを実施したところ、視聴時間は 4〜6 倍に増加した。単なる数字のインパクトにとどまらず、画面に機能を一つ追加するだけで視聴体験が根本的に変わるという事実は、放送業界にとっても極めて重要な示唆を含んでいる。

アディア氏は次のように付け加えた。「もちろん、規制は必要です。しかし、これは小規模なベッティングであっても視聴エンゲージメントを劇的に高める可能性があることを示す、非常に興味深いデータです。」

ドジャースは“野球以外”にも投資― 女子バレーボールからダンスまで

Elysian Park Ventures は女子バレーボールリーグの LOVB(Love Volleyball)に投資しており、さらに最近発表された新たな投資先が「インターナショナル・ダンス・リーグ(IDL)」である。一見すると、「なぜ野球チームがバレーボールやダンスに投資するのか?」と疑問に思うかもしれない。しかし、話を聞けば聞くほど、その投資判断の合理性が理解できた。そもそも Elysian Park Ventures は「野球チームの投資会社」ではなく、スポーツ全般を対象とする投資ファームである。投資機会はあらゆるスポーツ領域に存在し、彼らは積極的に野球の外側へ視野を広げている。

LOVB が選ばれた理由:野球と同じ「ピラミッド構造」
アディア氏は、バレーボールには野球と同様の“ピラミッド型の競技参加構造”が存在すると説明した。

トップレベル:MLB(最高峰のプロ)
第二層:マイナーリーグ
第三層:大学・高校
第四層:競技を初めて体験する子どもたち

バレーボールにも同様の構造があるが、LOVB はピラミッドの頂点ではなく“底”からスタートした点が特徴である。彼らはまずピラミッドの基盤に着目し、バレーボールを始めたばかりの若年層が所属するローカル市場の 35〜40 のクラブチームを形成した。その後、数年の時間をかけてプロリーグを立ち上げ、現在では育成クラブがプロリーグへと選手を送り込むエコシステムが成立している。

Elysian Park Ventures は、野球とバレーボールの構造上の共通性を見抜き、「すでに実証されたモデルがバレーボールにも応用できる」と確信を深めたという。

Elysian Park Ventures の 70 社におよぶ投資先のうち、およそ 15 社が MLB、NBA、NHL、NFL といった主要プロリーグを支える中核機能を担っている。その中核機能とは以下だ。

・コンテンツ制作
・配信技術
・パフォーマンスサイエンス
・選手測定・評価
・メディア権利の最適化

言い換えれば、LOVB に投資した後、その運営に必要な機能の多くを既存のポートフォリオ企業で補完できる。これは事業リスクを大幅に抑えるだけでなく、スタートアップにとっても強力な成長環境となる。

ダンスへの投資
Elysian Park Ventures のインターナショナル・ダンス・リーグ(IDL : International Dance League)への投資も、LOVB と MLB の構造的な類似性で説明できる。

・ダンサーはアスリートである。
・リーグは野球などのスポーツと同じ構造(レギュラーシーズン → ポストシーズン → チャンピオンシップ)を持つ。
・オリンピック競技としての認知が進んでいる。
・世界各地にチームが存在する。

さらに、ダンスはポップカルチャーとの親和性が極めて高い。TikTok ではダンスがコンテンツカテゴリーの第 2 位であり、検索の最大 33% がダンス関連というデータもある。これはダンスが巨大な文化的接点を持つことを示している。

また、LOVB と同様に、IDL も Elysian Park Ventures の既存ポートフォリオによる支援が可能であり、リーグ立ち上げから運営、コンテンツ制作、アスリートケアまで、成長に向けた横展開が容易である。言い換えれば、彼らの投資戦略は「スポーツ × エンターテインメント × 文化」の交差領域を長期視点で育てることにある。

LOVB と IDL への投資は、スポーツビジネスがどの方向へ広がりつつあるのかを象徴する興味深い事例である。

AIがスポーツの未来を変える

宮田氏が次に取り上げたテーマは、スポーツにおける AI の影響である。米国では MLB が Google と提携しており、テレビ放送が膨大なデータを蓄積している。一方、日本では大谷翔平選手が打席や投球のたびにベンチへ戻り、タブレットで映像を確認する姿が日常的な光景になっている。アディア氏は、スポーツの舞台裏で AI がどれほど進化しているかを解説した。

50 年以上の投球データを AI が解析する時代
20 年前、スカウティングレポートは主に手作業で作成されていた。しかし現在では、AI が 50 年以上の投球履歴、カウント別傾向、大学時代に遡る投球データまで、膨大なデータを解析している。たとえば大谷選手の初打席に対する分析は「初回の初球 0-0 のカウントでは、この投手は 60% の確率でツーシームを投げる」といった形で提示される。2 打席目には、球数・疲労・フォーム変化を加味し、その瞬間に最も投げる可能性の高い球種まで予測される。

コンピュータビジョンがフォームの微細な変化を可視化する
AI と映像解析を組み合わせることで、以下のような精度の高い分析が可能になるとアディア氏は続ける。

・数センチ単位のリリースポイントのブレ
・イニングごとのフォーム変化
・試合序盤と終盤の差分

肉眼では捉えきれない変化を解析できるため、AI は選手のパフォーマンス向上に不可欠な「デジタルコーチ」と化しているそうだ。

未来予測の応用範囲は野球にとどまらない
アメリカンフットボール(NFL)では、選手の装着センサーと AWS を連携させた「Next Gen Stats」が活用されていることも教えてくれる。将来的には、QB がボールを投げる前に「3 つのパスのうち、どれが最も成功確率が高いか」をリアルタイムで可視化することが可能になるともアディア氏は予測する。このロジックは野球やサッカーにも応用されるという。例えばサッカーで、ミッドフィルダーが右のショートパスと左のロングパスを選択する状況で、それぞれのパス成功確率や次の得点につながる確率を算出することができるようになる。こうしたデータはゲームプラン設計に組み込まれていくことだろう。

ゲームの世界がリアルスポーツを動かし始めている
私がとても興味深いと思ったのはアディア氏が紹介した EA(Electronic Arts 世界最大級のゲーム会社)のサッカーゲーム「EA FC」の事例だ。なんと、ゲームに登場する選手レーティングやランキングが、実際の契約交渉やサラリーキャップの判断材料として使われ始めているというのだ。つまり、ゲームが選手の実際の価値に影響を及ぼす時代が到来している。

AI がどこまで怪我予防に踏み込めるのか
最後に、AI の活用が最も期待される領域として「怪我予防」が挙げられた。投手の投球負荷に関する蓄積データをバックテストすることで、どのような条件下で怪我のリスクが高まるかを特定できるようになっているという。分析対象はメジャーやマイナーの投球数にとどまらず、高校・大学時代の蓄積まで含まれるようになっている。これにより、成長期から適切な負荷分散を行うことが可能になるそうだ。アディア氏は、AI によって故障の兆候を事前に検知するシステムの構築が、野球だけでなく全てのスポーツにおいて将来的に実現すると述べた。

この言葉を聞き宮田氏は「AI を活用して大谷翔平選手が長くプレーできる環境をぜひ整えてほしい」とコメントした。私も大きく頷いたポイントだ。

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日本市場への期待

宮田氏の最後の質問は「日本市場をどのように見ていますか」であった。これに対し、アディア氏は「日本は非常に重要な市場である」と明言した。

野球市場としての規模と成熟度
Elysian Park Ventures のポートフォリオには、野球に関連する企業が 10 社近く含まれている。これらの企業にとって最大の市場は米国だが、アディア氏は「日本は第 2 の市場である」と述べ、その理由として以下を挙げた。

・観客数・視聴者数ともに極めて大きい
・日本の野球文化はアメリカより長い歴史を持つ
・MLB における日本人選手が増え続け、ファン層が盤石である

アディア氏は、日本には野球を中心としたスタートアップが発展する可能性があるとも付け加える。ぜひこのポテンシャルを活かす動きができると嬉しい。

AI関連スタートアップとの出会い
アディア氏は、日本の AI、コンピュータビジョン、自律型 AI によるコンテンツ生成領域のスタートアップを高く評価した。米国だけでなく世界市場に輸出可能な技術を持つ企業が複数存在したと述べ、これが Elysian Park Ventures が日本を再訪する理由の一つであると語った。

市場規模と成長が期待されるエコシステム
日本は 1 億 2,000 万人という巨大市場を抱えながら、スポーツビジネスおよび投資エコシステムは欧米ほど成熟していない。だからこそ、成長ポテンシャルは極めて大きい。アディア氏は「今後 10 年で、投資比率は米国:非米国 = 60:10 から 10:60 に逆転する未来を描いている」と述べ、世界の重心が米国の外側へと移っていくと指摘した。その変化の中で、日本はすでに多くの接点を持ち、投資する必然性を備えた市場であると評価した。

AI は、分析・未来予測・怪我予防という多層的な領域でスポーツを大きく進化させている。野球文化と AI 技術の双方を持つ日本は、Elysian Park Ventures にとって魅力的なパートナー市場へと成長しているという。これら二つのテーマこそが、Elysian Park Ventures が描くスポーツの未来像を象徴しているそうだ。この期待に答えることは日本はもちろん世界のスポーツ市場を大きく変化させる可能性を秘めている。

セッションを終えて ― INTER BEEで感じた“領域を越える視野”

日本のテレビ&メディア関連テクノロジー見本市である INTER BEE で、Elysian Park Ventures の投資戦略を伺うことができたことには大きな意義がある。Elysian Park Ventures のアプローチは、私たちに次の問いを突きつける。

「自分たちの領域を超えて投資し、協働するビジョンを持っているか」

ドジャースから始まるElysian Park Venturesは今ではバレーボールやダンスリーグにも投資している。そして、アスリートが投資家となり、データと AI がスポーツを再定義する時代である。メディア、スポーツ、AI、文化の境界はすでに溶け始めている。

そして今、問われているのは「私たちはどこまで未来を見通し、どこまで越境できるのか」ということだ。 越境する者にこそ、新しいスポーツ、文化、エンタメの未来は開かれていく。

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