正しさより“純度”を信じる:鈴木おさむがHA-LU 岡春翔と描く、新しいエンタメの航路
HEART CATCH 西村 真里子
開始10分前、用意したシナリオが"全消し"された
「今の縦型動画市場は競争が激しい。その中で、HA-LUのような新しい才能がテレビ局とどうすれば相互にメリットある形で組めるのか、その接点の難しさにこそ向き合うべきなんではないでしょうか」
テレビ&メディアの祭典「INTER BEE IGNITION(2025年11月19日〜21日)」の控室。登壇10分前のことだった。
スタートアップファクトリー代表の鈴木おさむさんが、私が用意していたシナリオに静かに疑問を呈した。
私はモデレーターとして、縦型動画で話題の"青春コンテンツ"クリエイティブスタジオHA-LU(ハル)創業者・岡春翔さんと、彼を初期から支援してきた鈴木おさむさんの対談を仕切る予定だった。
準備していたのは「テレビ局がHA-LUから学べること」「縦型動画でバズる方法」といった、いわば"成功のコツ"を整理する内容。スライドも岡春翔さんに準備いただいた。鈴木おさむさんにももちろん事前にシナリオを送っていたのだが、実際に会場の空気、来場者の層を見て意見してくれたのだ。
その言葉に、胸の奥がキュッとなった。
“シナリオ通りではいけない”。
これから始まる60分が、予定調和ではない展開になる予感がした。
志と人徳。30分で決まった出資
セッションは、準備していた進行とは異なる軌道を描きながら始まった。即興性の高い対話だった分、登壇者の言葉をじっくり味わいながら進めていく時間となった。
その中で特に目を引いたのが、HA-LUという会社がどのように生まれたのか——その出発点だった。
岡春翔さんは、もともとInstagramを中心に活動していたインフルエンサーだ。
「偉人の男に俺はなる」。
この率直で力強い想いを、鈴木おさむさんに30分間ぶつけたことから物語は動き出した。
その30分で鈴木おさむさんは「これは面白い」と直感したという。
そして——会社が存在しない段階で出資を決めた。
通常、投資家へのピッチといえば、社会課題の明確化、解決策、チーム、プロダクト、市場性など、ある程度の“型”が求められる。
しかし岡春翔さんのプレゼンにあったのは、ただ一つの想いだった。
「偉人の男に俺はなる。」
その型破りなメッセージと、それを真正面から受け止めた鈴木おさむさん。
二人の関係性には、一般的な投資の文脈では語りきれない魅力が宿っていた。
“岡春翔とは何者なのか”
表層的なプロフィールではなく、60分のセッションを通してその内側に踏み込んでみたくなる欲求が膨らむ。
「青春2.0」——爽やかさだけで勝負するという選択
岡春翔さんは、HA-LUの核である「青春2.0」というコンセプトをこう語った。
「自分が青春をちゃんと味わってこなかったから、映像で青春を味わいたいんです。」
縦型ショート動画の世界では、不倫やソフトエロな要素が視聴数を稼ぎやすいとされる。しかしHA-LUの作品は、徹底して爽やかな青春ものを貫いている。
これは"逆張り"ではない。岡春翔さん自身の切実な欲求から生まれたものだ。
ただ、この"爽やか青春"は、企業の決裁権を持つ30〜50代には理解されづらい。コカ・コーラやみずほ銀行といった大手ブランドがHA-LUに縦型動画を依頼しているが、企業のCVC機能を使って、HA-LUという会社そのものに出資をするという決断は難しいだろう。
鈴木おさむさんは、その状況を理解した上でこう語った。
「たとえば、30代と20代では“懐かしい”の基準がまったく違う。僕らが青春を感じるアイドルと、今の20代が青春を感じるものは別物。だから、理解できなくて当然。大事なのは、理解できないからといって否定しないこと。
ズレを受け止め、応援する側に回ることです。私も20代の頃、私の20代らしさを受け止めて引き上げてくれる大人がいた。そういう存在が、未来のエンタメには欠かせないんです。」
わたしの中の「思い込み」が揺らいでいく
ここで少し立ち止まり、考えてみた。
スタートアップ投資には、どこか“理想とされる像”がつきまとう。
有名大学出身、論理的で隙のないピッチ、社会的意義の強調——そうした条件を満たす起業家こそ投資に値する、という空気がどこかにある。
しかし岡春翔さんは、そのどれにも当てはまらない。
彼の強さは、人に愛されること。
そして自分の見たい「青春2.0」を誰に迎合することなく追いかける真っ直ぐさだ。
その姿勢を、エンタメの最前線を走り続けてきた鈴木おさむさんが本気で支えている。
「“正しいやり方”に固執していたら、次のエンタメも、次の才能も育たない。」
その言葉を聞きながら、ふと来場者の顔が目に入った。
“ここで大人としてどのようなスタンスでいるべきか、聞きたいと思う来場者もいるはずだ”——そんな考えが頭をよぎり、私はどこか“みんなが聞きたがるだろう”という一般論に寄った問いを選んでしまった。
「大人として、岡春翔さんにどんなアドバイスをすべきなのでしょうか?」
鈴木おさむさんは、こう答える。
「大人は、アドバイスなんて、しない方がいいんです。大人の言葉は、20代の彼らにとって“正解”に聞こえる。それが彼自身の答えを潰してしまうこともある。だから、信じて見守る。それが大人の役割なんです。」
その答えに、思わず耳が熱くなった。
気づけば、私自身も“正しそうな問い”を選んでしまっていたのかもしれない。
マイクを握りながら、私は静かに揺さぶられていた。
それは、鈴木おさむさんが放つ “未来をつくる覚悟” に触れたからだ。
縦型動画の先へ——8,000人を集めた「渋谷アオハル2.0祭」
HA-LUの魅力は、縦型動画だけに止まらない。
2025年8月、渋谷で開催された「渋谷アオハル2.0祭」には約8,000人が集まった。MIYASHITA PARKや渋谷サクラステージを舞台に、恋みくじや野外シネマなどを融合したイベント。Z世代・アルファ世代とリアルな接点をつくりはじめている。
デジタルとリアルを軽やかに行き来しながら、若者を巻き込み、予測不能な動きを生み出していく。その“読めなさ”こそが新しい価値を生んでいる。
セッション中、二人の会話には何度も『ONE PIECE』が引用された。
鈴木おさむさんは映画『ONE PIECE FILM Z』の脚本を手がけた人物であり、ルフィを最も好きなキャラクターとして挙げている。ルフィの魅力は「主役がずっとかっこいいこと」だと語る。
そう考えると、岡春翔さんの存在がルフィと重なって見えてくる。
仲間を惹きつける力。
迎合しない真っ直ぐさ。
“偉人になる”という途方もない夢を本気で語る姿勢。
そして、仲間に支えられながら前に進む物語性。
「HA-LU」という社名には、岡春翔(おか はると)を中心に物語が進むという意味が込められている。
HA-LUを単なる縦型動画スタジオと捉えると本質を見誤るかもしれない。
彼らが実際につくっているのは、ひとつの“エンターテインメントストーリー”であり、これから描く航路はまだ計り知れない。
「型破りな共創」が、エンタメの未来を作る
振り返ってみると、この60分は、私にとって“視野が広がっていく”時間だった。セオリーに寄りかかった判断軸が、静かに揺さぶられていく感覚があった。
“正しい順番”も、“正しいやり方”も、“大人としての正しい振る舞い”も——
状況によっては、必ずしも唯一の正解ではないのかもしれない。
二人の対話を聞いていると、そのことが自然に理解できてくる。
スペックでも実績でもなく、岡春翔さんという若い才能の「何をつくりたいのか」という純粋な衝動に投じた鈴木おさむさん。その判断は、従来の枠組みから見れば決して一般解ではない。だが、その“枠外”にこそ、新しい価値が芽生えていた。
「何をつくりたいか」「誰とつくるか」「誰から学ぶか」。
その芯の部分に従う姿勢こそが、次のエンタメをつくるうえで重要なのだと気づかされる。
常識や手順よりも、“純度”に賭けるという判断。
そこに、未来のエンタメ業界で必要になる新しい意思決定のヒントがある。
鈴木おさむさんは長年、業界の最前線で挑戦を続けてきた人物だ。
その彼が、岡春翔さんという若い“主人公”の船出を静かに支えている。
二人のやりとりは、単なる成功物語ではなく、「型破りな共創」が生まれる現場そのものだった。
HA-LUの航海は、まだ始まったばかりだ。
次にどんな景色を見せてくれるのか、今から楽しみでならない。
2025年12月19日(金)までセッションのアーカイブ動画配信中です。気になる方はこちらからご確認ください。