【インタビュー】映画『メン・イン・ブラック3』VFX担当者に聞く(3)最新技術を駆使した超巨大スケールのCGエフェクト

2012.6.9 UP

(写真1)ウィル・スミス以外はすべてCGで描かれている
(写真2)建物や背景はすべてCGでできている

(写真2)建物や背景はすべてCGでできている

(写真3)エージェント”J”と”F”が乗りこなすモノサイクル

(写真3)エージェント”J”と”F”が乗りこなすモノサイクル

(写真4)モノサイクルの車輪とジョシュ・ブローリンの後ろに見える装置がCGで描かれている

(写真4)モノサイクルの車輪とジョシュ・ブローリンの後ろに見える装置がCGで描かれている

(写真5)磨かれたクロムや金属質の輝きのリアルな質感をつくりだすことが鍵となる

(写真5)磨かれたクロムや金属質の輝きのリアルな質感をつくりだすことが鍵となる

■NVIDIA 「Tesla」、「Houdini12」の「Pyro」を導入し、超巨大スケールの高解像度エフェクトを生成

 今回はエフェクトに関しても、正確に物理現象をシミュレートしている。限られた時間内に、アポロ11号の発射シーンに登場するような大きなスケールの煙や炎のエフェクトを高解像度で生成するのは、これまでにないチェレンジであった。
 これを実現するために、NVIDIAのGPGPU向けカード「Tesla」が導入された。また、「Houdini12」のアルファ・バージョンも導入し、炎の表現においては、このシステムのPyroソルバー(物が燃える様子をシミュレートする物理方程式を解くためのソフトウエア)が活用されたという。

 イメージワークス社は数年前から、CGアニメーション映画の制作においては「Arnold」というレイトレーサーをメイン・レンダラーとして用いている。実写中心の映画でも、部分的にこのレイトレーサーを導入してきた。
 レイトレーサーは、光と物体との干渉を物理的に正確にシミュレートできる。しかし反面、計算負荷が重いという課題がある。そのため、これまで実写映画では、レイトレーサーの使用は大きな制約があるとされてきた。
 「メン イン ブラック3」では、あらゆるCGの要素がすべてArnoldを用いてレンダリングされている。イメージワークス社はこれまでボリューム・レンダリングには自社製ツールを用いてきたが、今回は上記のアポロ11号発射シーンをはじめ、ボリューメトリックなエフェクトが多数登場し、なおかつ立体3Dでの上映を伴う。そのため、できるかぎり物理的に正確なレンダリングを行う必要があった。
 必然的にボリューム・レンダリングの頻度が増えた。そこで、作業効率をあげるために、自社製ボリュームレンダラーをArnold内に組み込むことができるように改造するという作業もおこなわれた。ボリュームレンダラそのもののアルゴリズムも、より光学シミュレーション的な色合いの濃い物理的に正確なものへとアップデートされたようだ。
 「メン イン ブラック3」は、レイトレーサーがメイン・レンダラーとしての役割を果たした初の実写映画として、映画史の上でも非常に画期的であったといえる。


■「LIDAR」で実物のビルをデジタイズし、時代ごとの都市の街並みをCG生成 

 背景に関しても実に多くの部分がCGで制作されており、特に本作品ではハイライト・シーンの背景のほとんどがCGである点が大きな特徴だとハーン氏はいう。
 たとえば、モノサイクル・チェイス(モノサイクルとは、車輪そのものが車体にあたる架空の乗り物)が繰り広げられる1969年のNYブルックリンの街並み、アポロ11号の噴射シーン、ニューヨークの野球スタジアムなどはその代表例だ。ニューヨークでロケ映像を用いているのはマンハッタンの中央区域のみで、その周りはすべてCGで作られている。
 模型や実物のビルをLIDARによってスキャンし、撮影した画像をベースにしてCGで制作した。(LIDAR=Laser Imaging Detection and Ranging 、ライダー、レーザー光を用いた測距技術)

 映画の中には1960年代や1920年代にタイムスリップするシーンも登場する。そのため、それぞれの時代の建物に適合させる必要があった。フロリダのケープ・カナベラル基地(人工衛星の実験基地)のシーンについての実写撮影は、ニューヨーク・ロングアイランドのビーチで行われ、CGでフロリダらしい風景にしている。膨大な作業を効率化するため、新たにテクスチャリング用ツール「Mari」を導入している。「Mari」で制作したテクスチャは、3Dモデルに物理的に正確にプロジェクションマッピングすることができる。緻密なCG環境の作成を効率化するためには非常に理想的なツールだ。


■奇抜な乗り物「モノサイクル」で展開する圧巻のチェイスシーン

 「メン イン ブラック3」ならではのVFXとして忘れてならないのが、乗り物だ。CGキャラクターも数が多いが、それに劣らぬほどの多彩な車が登場する。
 過去のアメリカの街を行き交う1920年代や1960年代の車やトラック、アポロ11号の月面着陸計画で用いられたロケットや宇宙船などはすべてCGで制作されている。MIBらが“現在”から40年前にタイムスリップした時点で、彼らが乗り回す車も一部がCGで表現されている。
 いずれもCGモデルは、実物や模型をLIDARによってスキャンするか、もしくは実物や模型の撮影画像にフォグラメトリーの手法を適用して正確に制作されている。レンダリングには「Arnold」を使用。周りの環境を撮影したHDR画像をライティングを用いている。

 CGの乗り物は、どれもかなり高度なリアリティを実現しているが、ひときわ制作に苦心したのは、“モノサイクル”と呼ばれる乗り物だったという。モノサイクルとは、いってみれば車輪そのものが車体にあたる乗り物で、大きな車輪の中央にドライバーが座わって操縦する。
 映画の中には模型のモノサイクルも登場するのだが、ハイライト・シーンの一つにエージェント“J”と“K”がブルックリンの街中で繰り広げるモノサイクルを用いたチェイス・シーンがあり、このシーンのモノサイクルはすべてCGで作成されている。

 クック氏の説明によると、過去に何度もこのようなタイプの乗り物を実際につくりだそうとする試みが行われたこともあったが実現はしていないという。現実のものとなってもおかしくはない構造だけに、このシーンのアニメーションには一層力が入れられたようだ。表現の鍵となるのは、運転する者自身がバランスをとって操縦しているというイメージを伝えられるかどうかだ。モノサイクルは、見た目はバイクと違うが、運転時のバランス感覚はオートバイに類似している。そこで、コーナーを回るときに車輪とは反対の方向に体を傾けてバランスをとるようにするなど、オートバイのリファレンス映像を研究したという。


■フィルムカメラ撮影とデジタルカメラ撮影の映像をなじませる「Open Color IO」

 ハーン氏は、CGモノサイクルの質感表現も大きなチャレンジだったという。モノサイクルはCGととに、模型のモノサイクルを撮影した映像も使われている。一つのショットの中で実写版モノサイクルからCGモノサイクルへ、またはCGモノサイクルから実写版モノサイクルへと移行するケースもあった。このような移行の境目がまったくわからないようにするためにも、フォトリアルな質感のリアリズムは必須だった。
 モノサイクルは金属部分のクロムメッキの輝きが重要だ。手法としては、レイトレーサーを用いたレンダリングが理想的だが、金属部分の構造は厚みがなく、なおかつ激しくアニメーションする。
 このような部分のスペキュラー・ハイライトを、ノイズを発生させずにレイトレーサーによってレンダリングすることは非常に難しかった。やみくもに数多くのレイをサンプリングしたのでは計算時間が指数関数的に増大してしまうため、問題のあるショットではレンダリングのログをとって原因を追究し、レンダラの最適化に力が注がれたそうだ。

 「Arnold」用のシェーダー記述には、同社が開発したオープンソースのシェーディング言語とともに、同社が開発したカラーマネージメント・ツール「OpenColorIO」も用いられた。このオープンソースのツールが最も効力を発揮したのもモノサイクルのチェイス・シーンだった。
 映画全体はフィルム・カメラで撮影されている中で、夜中のチェイス・シーンだけはデジタルシネマカメラ「Arri Alexa」を用いて撮影されている。「Open Color IO」を用いることで、フィルムカメラとデジタルカメラの映像にも連続性を持たせた色の扱いが容易となった。
 モノサイクルに関しては、動きにせよ質感にせよその作成は予想を越えた多くの困難を伴ったようだ。最終的にスクリーンに映し出される存在感溢れるリアリズムは、この困難を乗り越えるために費やされた多くの労力と努力の結晶ともいえそうだ。


■物理的な正確さから「人間が感じるリアリティ」へ

 映画のVFXは今、コンピューターの計算能力の向上によって、物理的に正確なシミュレーションを積極的に使おうとする傾向にあると、ハーン氏は語る。
 そして、このトレンドが表現のリアリズムの向上に大きく貢献しているということを認めつつも、アート的視点に立った演出をベースにした制作の中では、物理的なシミュレーションだけでは限界があると指摘する。

 演出的な意図に沿った表現を目指す中で、 物理的に正確な動きが演出意図とは必ずしも一致せず、往々にして反駁することも少なくない。
 光学的シミュレーションともいえるレイトレーシングも同様だ。計算処理には大きな負荷がかかるが、物理的に正確な光学的エフェクトを得ることができれば、これまでそれらしく見せるために苦労して複数のパスと格闘する作業からアーティストを解放できることの意義は大きい。しかし、最終的に監督の意向を達成するために、アーティストは個々のショットを巧緻な手作業で仕上げていく。演出的な表現の前では、”物理的な正確さ“はあっさりと捨て去られることが多いと指摘する。

 ハーン氏は、「映画のVFXにおけるシミュレーションがめざすべきものは、やはり”物理的に正確である“よりも、アートな見解に歩み寄りながら、いかにして人間が一見して物理的に正確であると感じとれるように工夫する点にあるのではないか」という。これは、ハーン氏がこのプロジェクトを通して痛感したことのようだ。
 これはまさしく前述したクック氏の見解とも一致している。人体シミュレーションであれ、エフェクト・シミュレーションであれ、光学シミュレーションであれ、映画におけるシミュレーション技術の適用に制約はある。だがそれを認めつつも、現時点での限界を一つまた一つと越えてゆこうとすること、それによって映画VFXというものを自分達の手で変えてゆこうとすることこそが、成熟期に入った映画VFXを支える最も大切な要素といえよう。
 そうした意味でも、物理シミュレーション的アプローチを果敢に取り入れた「メン イン ブラック3」のVFXは、今後の映画VFXのトレンドを担った貴重な足跡を映画史の上に残したといえるのだろう。


(写真説明)
(写真1、2)
 ニューヨーク・マンハッタンの環境の大部分はCGで作成されている。画像mc094640では、ウィル・スミス以外はすべてCGで作成されている。画像pj054350 でも、ウィル・スミスと彼が立っているガーゴイルのみはセット撮影されたものだが、それ以外の建物や風景はすべてCGで作成されている。川より手前の建物はすべて3Dでモデリングされており、川の向こうの遠景の風景や空はマットペインティングで作成された。環境の作成では、モデリングにはMayaとZBrush、テクスチャリングにはMari、ライティングにはセット撮影やロケ撮影で採集したHDR画像とKatana、レンダリングにはArnold、合成にはNukeが用いられた。


(写真3、4、5)
 映画には模型とCGの“モノサイクル”が登場するが、エージェント“J”と“K”のチェイス・シーンのモノサイクルは、すべてCGで作成されている。モノサイクルのアニメーションに真実味を与えるためには、運転する者が“自発的”にバランスをとりながら操縦していることが観客に一見してわかるようにする必要があり、オートバイのリファレンス映像を研究して工夫が重ねられた。また、映画の中でもこのチェイス・シーケンスだけはArri Alexaで撮影されている。(写真4)ではモノサイクルの車輪とジョシュ・ブローリンの後ろに見える装置が、(写真5)ではモノサイクル・車の下の装置および車の下に見えるアクセルとサポート・リフトがCGで作成されている。このようなCGで作成された乗り物のリアリズムを高めるためには、磨かれたクロムや金属質の輝きのリアルな質感をつくりだすことが鍵となる。レイトレーサーを用いたレンダリングは方法論としては理想的だったのだが、ノイズを生むことなくスペキュラー・ハイライトを綺麗にレンダリングするためには並々ならぬ苦労が重ねされたそうだ。

映画「メン・イン・ブラック3」全国絶賛上映中 
(c)2012 Columbia TriStar Marketing Group, Inc. All Rights Reserved.
 配給:東宝東和



(この稿終わり)

(写真2)建物や背景はすべてCGでできている

(写真2)建物や背景はすべてCGでできている

(写真3)エージェント”J”と”F”が乗りこなすモノサイクル

(写真3)エージェント”J”と”F”が乗りこなすモノサイクル

(写真4)モノサイクルの車輪とジョシュ・ブローリンの後ろに見える装置がCGで描かれている

(写真4)モノサイクルの車輪とジョシュ・ブローリンの後ろに見える装置がCGで描かれている

(写真5)磨かれたクロムや金属質の輝きのリアルな質感をつくりだすことが鍵となる

(写真5)磨かれたクロムや金属質の輝きのリアルな質感をつくりだすことが鍵となる

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