【コラム】FCCが抱える二つの時限爆弾 放送・通信融合の新時代へ向け厳しい調整

2015.4.25 UP

威圧感を減らすため、ステージ中央で話すウィラーFCC委員長

威圧感を減らすため、ステージ中央で話すウィラーFCC委員長

 米国の放送・通信行政を司るFCC(連邦通信委員会)は、「インセンティブ競売」と「ネットワーク中立性規制」という二つの時限爆弾を抱えている。
 インセンティブ競売は、地上波デジタルテレビ放送に使用している600MHzの一部を競売にかけ、携帯データ・サービスなどに用途変更する試み。利用中の無線免許をアロケーションする同競売は、世界的に見ても前例がなく「実現性」を疑問視する声が上がっている。一方、今年三月に決定したネット中立性規制はブロードバンド事業者を固定電話事業と同じ厳しい規制枠に再分類し、本格的な規制権限をFCCは手にする。AT&Tを筆頭に通信業界やCATV業界がFCCを相手取って差し止め訴訟を展開している。こうした厳しい状況の中、トム・ウィラーFCC委員長は4月にラスベガスで開催されたNAB(全米放送事業者協会)の年次総会に駆けつけ、放送事業者を前に基調講演をおこなった(=上写真)。
(在米IT ジャーナリスト 小池良次)

■放送業界重視の姿勢をアピール
 NABのゴードン・スミス会長の紹介で登場したトム・ウィラー委員長は、用意してきた講演原稿をポーディアム(講演台)にポンと置くと、ステージ中央に進んだ。その仕草は、より友好的な雰囲気を醸し出している。
 政府高官の講演が公式見解である場合、ポーディアムで読み上げるのが基本。講演後は正式記録としてホームページなどで公開される。一方、着席しての対談形式は、個人的見解を披露するスタイルで記録は残らない。今回は公式見解だが、ウィラー委員長はあえてポーディアムを避け、ステージ中央で話すスタイルを選んだ。威圧感を減らすためだが、こうした細やかな気遣いが必要なほどFCCとNABの関係は緊張している。
 FCCとしては、なんとかNABの協力を得て、来年のインセンティブ競売を成功させなければならない。しかし、先ごろ発表した同競売ルールの公平性に疑問を持つNABは、FCCを裁判所に訴えルールの是非を問うている。そのため2015年に予定されていた競売は2016年に延期を余儀なくされた。FCCとしては、これ以上NABとの関係をこじらせたくないとの意識が強い。
 NABの主要メンバーは地方テレビやラジオ局。大手全米ネットワークも運営役員に入っているが、ローカル局の利益団体としての性格が強い。ウィラー委員長はそれに配慮し、講演冒頭でローカルニュースの重要性を強調、FCCが放送業界を重視していることを訴えた。

■マスト・キャリー規制の拡大で地方局に新たな収入源も
 また、「(地方局によって)メディアの多様性を確保しているマスト・キャリー規制は、ネット中立性規則と概念として一致している」とも述べている。同規制は、衛星テレビやCATVが地方テレビ局に、必ずチャンネルを割り当てることを義務付けたもの。FCCはオールビッド(All VID=All VIDEO)政策(※参照)でインターネット放送事業者にも規制を掛ける準備を進めており、その場合にマスト・キャリー規制を拡大解釈し、地方放送局の番組配信をネット事業者に義務付けることも検討対象となる。もし、地方テレビ局がNetflixやHuluなどにコンテンツを供給できれば、新たな収入源となる。そうした配慮を匂わせることでFCC委員長は、テレビ事業者への融和姿勢を印象づけようとした。

■周波数枠の確保〜再割り当てへ2つのインセンティブ競売
 インセンティブ競売は二部構成になっている。放送局が現在利用している免許の一部あるいは全部をFCCに返納するリバース競売。各放送局は、免許返納に伴うチャンネル移転あるいは廃業経費を申告する。同じ地域で経費が安い局が選択されるためリバース(逆)競売と呼ばれる。
 しかし、自由意思で提供される免許は飛び地状態になるため、FCCは隣接する局を強制的に移転させ、一定の周波数枠を確保する。この調整過程は非常に複雑な作業となっており、NABは「公正な調整がなされるか」に疑問を呈している。この調整が終わると、今度は大手携帯事業者などを相手にフォワード競売が開催され、無線免許のアロケーションが終了する。
 FCCへの免許返納は、あくまで放送局の自由意志(ボランタリー)であるため、放送事業者はボランタリー競売と呼ぶ。一方、 FCCや連邦議会は競売費用の一部を支払うインセンティブを提供することからインセンティブ競売と呼ぶが、両者は同じ競売を指す。
 FCC委員長がNABで基調講演を行うのは、今回が初めてではない。昨年も行なっているが、この時もトム・ウィラー委員長は非常に友好的な姿勢で講演を行なっている。しかし、昨年は「衣の下に刀を隠し持った講演」と言えた。
 FCCは昨年春、メディア資本集中排除規制の強化を進めていたからだ。新聞やテレビ、ラジオなどのマスメディアが、同じ地域で買収が進み資本系列が統合されると、報道における多様性が損なわれる。そのため、買収などによる無線免許移転は、メディア資本集中排除規制により制限されている。しかし、地方における新聞やテレビ局は成長力を失っており、買収統合による経営合理化が避けられない。そこで、地方放送局は同規制の緩和を望んできた。ところがトム・ウィラー委員長は、逆の規制強化を打ち出し、放送業界に圧力をかけることで、インセンティブ競売への協力を放送業界から引き出そうとした。
 「飴と鞭」の姿勢を示した昨年に比べ、今年の委員講演は対話姿勢を前面に出した。NABが裁判でFCCへの批判を強める中、「競売ルールの簡素化と透明化というシグナルは確かに受け取った」と述べるなど、随所にFCCの柔軟な姿勢を強調した。

◇◇◇

 FCCが対話姿勢を強めているとはいえ、インセンティブ競売が成功するとは限らない。70MHz程度の免許をインセンティブ競売で確保したいとFCCは考えているが、多くの専門家は「それほど大量の免許を確保するのは難しい」と指摘している。
 一方、インセンティブ競売を活用して次世代投資資金を確保しようと考える事業者もいる。また、過去2年間、放送業界では地方テレビ局の買収件数が急増している。これは機関投資家や投資ファンドがインセンティブ競売を利用して収益をあげようと地方テレビ放送局へ買収を仕掛けているためだ。
 このようにインセンティブ競売では、様々な要素が絡み合って動いており「蓋を開けてみるまで、どのくらいの競売規模になるか分からない」というのが現状といえるだろう。もし、インセンティブ競売が大成功すれば、利用されている無線免許帯域でアロケーションを実施する新たな電波政策の先駆けとなる。無線免許の競売が実施されていないとはいえ、モバイル向け周波数不足が厳しい日本でも、新たな電波政策として導入が検討されるかもしれない。

※All Video政策
 All Video政策は現在の改正通信法における対象事業者をファシリティー(配信設備所有)事業者(CATV、衛星、IPTV、地上波など)からノンファシリティー事業者(=ブロードバンド事業者)に拡大しようという政策。今後、IP伝送が主流になればノンファシリティー事業者も規制対象にすべきだという考え方。これによってブロードバンド事業者の番組調達は格段に良くなると予想されるが、実現は早くて数年後と見られる。

威圧感を減らすため、ステージ中央で話すウィラーFCC委員長

威圧感を減らすため、ステージ中央で話すウィラーFCC委員長

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