【コラム】MP3の開発者 カールハインツ・ブランデンブルグ博士インタビュー「MP3最大の功績はメディアと方式の分離」

2012.12.18 UP

招待講演で登壇するカールハインツ・ブランデンブルグ博士
講演後のインタビューは、将来技術の構成が大きな話題となった(撮影:エベリン・セン(ワン・アカデミー))

講演後のインタビューは、将来技術の構成が大きな話題となった(撮影:エベリン・セン(ワン・アカデミー))

ブランデンブルグ博士は、波面合成技術に大いに期待している

ブランデンブルグ博士は、波面合成技術に大いに期待している

 11月に開催されたSIGGARPH ASIAで招待講演に立ったのは、独フラウンフォーファー研究所IDMT部門の部門長を務めるカールハインツ・ブランデンブルグ博士であった。ブランデンブルグ博士は、オーディオの高能率符号化(圧縮)方式であるMP3の開発者として知られる。また、AACの基本特許の一部も同博士の研究により取得されている。講演後にSIGGARPH ASIAの会場にてインタビューを行った。(日本大学生産工学部講師/映像新聞 論説委員 杉沼浩司)

■MP3で圧縮音響を実用化したブランデンブルグ氏
 夏のSIGGARPHと同じく、SIGGARPH ASIAでも毎年招待講演がなされる。今年、講演に立ったのは独フラウンフォーファー研究所IDMT部門(以下、FhG/IDMT)を率いるカーツハインツ・ブランデンブルグ博士であった。CGを扱うSIGGARPHとしては意外な人選である。というのは、ブランデンブルグ博士はMP3を開発したオーディオの専門家であるからだ。MP3は、インターネット上で幅広く使われ、圧縮音響用フォーマットとして世界的に普及した。

■指導教授の提唱「ISDNで高品質オーディオを」が研究の発端に
 11月29日午前11時からのオープニング・セレモニーに続いて行われた講演で、ブランデンブルグ博士は圧縮音響の発端から説明した。同博士がドイツ・エルランゲン大学の大学院生であった頃、指導教官のディーター・サイツァー教授が「音楽のような高品質オーディオをISDNで伝送しよう」と提唱したという。ISDNは128kbps(2Bサービスの場合)のデジタル回線交換を実現するもので、1980年代に実用化された。サイツァー教授はこのアイデアを特許化しようとしたが「128kbpsで高品質オーディオをデジタル伝送するのは荒唐無稽」として特許は成立しなかったという。
 その後、マスキング効果(高い音量の音の周辺周波数では、耳の感度が極端に落ちる)などを取り込んでMP3が作られたのは、既に広く知られているところだ。しかし、デジタル圧縮の研究を開始した頃は、その意義が理解されなかったようで「ある家電企業からはCDが現存することを理由に、研究の支援を受けられなかった」(1983年)、「ある学会では、非常に感度の良い一定数の人々には聞き分けられるはずだ、と非難された」(1986年)などの苦労が続いたようだ。

■「世界50億台のデバイスで再生可能なほどに普及」
 サイツァー教授とブランデンブルグ博士のアイデアがMPEG-1レイヤ3として標準化されたのは1992年のことである。「この時点では、MP3という名称はなかった」と同博士は言う。「MP3となったのは、1995年7月にウィンドウズ・メディアプレイヤーがMP3という拡張子を認識するようになった時からだ」との秘話も明かされた。ブランデンブルグ博士によれば「世界50億台のデバイスでMP3は再生できる」ほどに普及した。
 現在の圧縮音響の方式は、MP3の後に標準化されたAACとその発展方式が主力である。この方式の基本特許は、フラウンフォーファー研究所、ソニー、米ベル研究所、米ドルビー研究所の4企業が保有している。日米の各社はブランデンブルグ博士の講演で、度々「東京の会社」「サンフランシスコの会社」といったように地名で参照されていた。

■次世代符号化技術 MPEG-Hで立体音響を研究中
 現在の研究案件としては、次世代AV符号化技術の標準化を行っているMPEG-Hでの活動を挙げた。ここで、新世代の3Dオーディオ(立体音響)が検討されている。この活動に向けて、波面合成なる新しい音響技術を研究しているという。波面合成に必要な情報をMPEG-Hのオーディオフォーマットに入れ込むことが目的という。波面合成を用いると、従来のマルチチャンネル技術よりも優れた臨場感が得られると同時に、定位等が明確になるスイート・スポットと呼ばれる領域が大きく広がる。波面合成は、ごく一部で実用化されているが「世界で2桁箇所程度」(同博士)とのこと。幅広く実用化されたとは言えない状況にある。
 最後に同博士は「オーディオ技術の重要さを過小評価しないで欲しい」とCG業界に訴えて講演を終えた。

■メディアとフォーマットの分離を実現したMP3
杉沼:講演ありがとうございました。MP3は、オーディオをどのように変えたのでしょうか。
ブランデンブルグ博士:MP3により、メディアと方式(フォーマット)の分離が初めてなされました。それまで、カセットテープはアナログの磁気変調記録、CDは非圧縮光学記録と、メディアと方式は一対一の対応でした。これは、同時に、記録再生時間も固定してきました。長距離ドライブのために多数のカセットテープやCDを車に持ち込んだ記憶がある人は多いはずです。MP3以降、コンテンツはファイルとして扱われ、メディアと方式は関係なくなりました。これが、オーディオばかりか家電に与えた最大のインパクトだと思います。

■ 人々のライフスタイルを変えた研究成果 
杉沼:カセットテープの山は見られないですね
ブランデンブルグ博士:これは、人々に選択の自由をもたらしたことでもあります。皆さん、選択の自由を愛してくれています。

杉沼:研究成果が、生活を変えました。
ブランデンブルグ博士:はい。これが、私が伝えたかったもう一つの重要な点です。研究は、技術開発や製品開発から遊離したもの、ということはありません。密接に関係します。MP3は、大学での研究が、製品ばかりかライフスタイルまでも変えた好例だと思います。

杉沼:研究成果は、特許利用料という形で還元されますか?
ブランデンブルグ博士:FhGの取得分については、IIS部門(注:AACなどの開発、標準化活動を行っている部門)に集められ、そこから分配されています。研究で得た収益は、次の研究に投資されます。

杉沼:MPEGでは、かなり「東京の会社」とやりあったそうですね。
ブランデンブルグ博士:そこだけではなく、色々な所と激しく議論しました。しかし、個人的には同じ分野にいる研究者としてよい友人です。標準化活動から離れた旧友達とも連絡を取り合っています。

杉沼:現在の研究ターゲットは波面合成ですか。
ブランデンブルグ博士:はい。これは、非常に興味深い技術です。演算量が多く、長らく実用的ではないと言われてきました。しかし、現在の半導体技術を用いれば可能です。MP3だって、登場当初は「重い」と言われてきましたが今では演算資源のごく一部を消費するにすぎません。残念ながら、私は組織の長であり、近隣の大学の教授でもあるので私自身がこの研究に携われる時間は限られています。しかし、波面合成に向けてMPEG-Hで色々なパラメータが決められるのを応援しますし、私に時間があったら、是非しっかりと取り組みたいですね。

■「リッチな映像コンテンツには高品質の音響が必要」
杉沼:将来が楽しみですね。最後に、CG業界にメッセージをお願いします。
ブランデンブルグ博士:講演の最後にも言いました「オーディオ技術を忘れないで、オーディオ技術の重要さを過小評価しないで欲しい」に尽きます。リッチなコンテンツには高品質の音響が必要なはずです。
杉沼:ありがとうございました。

講演後のインタビューは、将来技術の構成が大きな話題となった(撮影:エベリン・セン(ワン・アカデミー))

講演後のインタビューは、将来技術の構成が大きな話題となった(撮影:エベリン・セン(ワン・アカデミー))

ブランデンブルグ博士は、波面合成技術に大いに期待している

ブランデンブルグ博士は、波面合成技術に大いに期待している

#interbee2019

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