【インタビュー】映画『メン・イン・ブラック3』VFX担当者に聞く(2)精緻なデジタル・ダブルへの挑戦

2012.6.8 UP

(写真1)銃と、銃を支えている手がCGで作成されている
(写真2)シェア・スタジアムのシーン(実写)

(写真2)シェア・スタジアムのシーン(実写)

(写真3)シェア・スタジアムのシーン(CG)

(写真3)シェア・スタジアムのシーン(CG)

(写真4)シェア・スタジアムのシーン(合成)

(写真4)シェア・スタジアムのシーン(合成)

■3Dスキャンとフォトグラメトリーの2方法でデジタル・ダブルを作成

 主役クラスの俳優をCGで置き換えるデジタル・ダブルも、CGエイリアンと同等に重要なCGキャラクターと考えられていた。エージェント”J”を演じるウィル・スミス(Will Smith)、エージェント”K”の若い頃を演じるジョシュ・ブローリン(Josh Brolin)、グリフィン(Griffen)というキャラクターを演じるマイケル・スタールバーグ(Michael Stuhlbarg)などはその代表例だ。
 それ以外にも様々なデジタル・ダブルが登場する。どのショットでどの俳優のデジタル・ダブルが用いられるかということは、極めて変動的であった。そのため、あらかじめ、主役クラスの俳優のCGモデルやアニメーション・データが準備されており、各ショットの演出が確定したのちに必要性に応じてこれらのモデルやデータが活用された。

 俳優のCGモデルの生成には、3Dスキャニングとフォトグラメトリーの理論を用いた手法が併用された。大雑把な3D形状には3Dスキャニングの手法を用い、細部のジオメトリーやテクスチャの作成が必要な場合は、フォトグラメトリー理論による手法を用いた(フォトグラメトリーとは、同じ物体を複数の異なったカメラアングルで撮影し、その画像の集合から3Dデータを生成する手法)。
 イメージワークス社はこれまでに、映画「ハンコック」や映画「アイ・アム・レジェンド」などで、ウィル・スミスのデジタル・ダブルを数多く作成してきている。そのため、今回はそうした既存のデータを用いるとともに、既存のではカバーできない、映画「メン イン ブラック3」のエージェント”J”に最も近いCGバージョンのウィル・スミスを制作するため、スキャンや撮影映像を用いている。


■シミュレーションツール「Massive」を駆使して群集シーンを描写

 シミュレーション技術を駆使したアプローチが積極的に用いられたのは、上記のようなデジタル・ダブルをはじめとした人間のCGキャラクターの動きを作成するためだった。たとえばニューヨークの街を行き交う人々、アポロ11号の発射を見守る人の群れ、ニューヨークのシェア・スタジアム(Shea Stadium)での野球のプレーヤーおよび野球を観戦している観客のアニメーションは、「Massive」(マッシブ)という群れのシミュレーション・システムを用いて作成された。
 シェア・スタジアムのシーンでは2万人を越える観客がベースボール・ゲームに熱狂している様子をCGでリアルに描き出す必要があり、そのため実際に個々の観戦者のゲームに対する様々な反応に相当する動きをモーション・キャプチャーした。
 これらの動きの組み合せや繰り返しを「Massive」を用いてコントロールすることによって、観客全体のゲームへのリアクションがつくりだされた。


■人体の動きを正確にシミュレートする「Endorphin」

 激しいスタント的な動きがつくりだされたクライマックス・シーンには、「Endorphin」という人体の動きのシミュレーション・システムが導入された。「Endorphin」はオックスフォード大学のAIの研究者によって開発されたシステムだ。人体が外から物理的な影響を受けた場合の動きを、非常に正確にシミュレートできる。
 この「Endorphin」は、月面基地が破壊されるシーン、そして、人工衛星の実験基地でボリスが発射整備塔から墜落するシーンという、ストーリー上でも非常に重要な場面で用いられている。
 このシーンを制作するにはキーフレーム・アニメーションだけでは非常に難しいと判断された。

 月面基地が破壊されるシーンでは、基地が破壊されてあいた穴から、50人近い刑務所の護衛官が宇宙空間に吸い込まれるように吹き飛ばされる。わずか一秒足らずの間に数多くの人間の身体がお互いにぶつかり合い、さらに様々な物体と激しく衝突する様子をリアルに描き出している。
 多数の護衛官をいくつかのレイヤーに分け、レイヤーごとに「Endorphin」で物理的な力を加えるシミュレーションを行っている。ガードマン同士がぶつかり合う様子や、ガードマンが周りの物体と衝突する様子が物理的に正確に算出されている。

 「Endorphin」では、人体の各部分の動きを正確にシミュレートできる点がパーティクル・シミュレーションより優れている。これにより、ガードマンの動きにも整合性がとれた身体の動きが作り出されている。しかし、物理的な見地からは整合性がとれていても、演出的にみると満足できないポーズも出てくる。そのため、シミューレーションの後、ガードマンのポーズを手作業で補正するという作業が加えられたという。

 人工衛星の実験基地(米フロリダ州 ケープ・カナベラル空軍基地)において、ボリスが発射整備塔から墜落するシーンでも「Endorphin」が用いられた。ここでは、フルCGによるデジタル・ダブルのボリスが墜落していく過程で、塔の一部に身体をぶつけてスピンする。
 この様子をより真に迫った痛々しいものにするため、「Endorphin」を用いてボリスの身体に重力や衝撃力を加え、シミュレートしている。ここでもやはり、シミュレーション結果が満足のゆく見え方となったのちに、アニメーターが手作業でボリスの身体の各部分のポーズに改良してより完成度の高いアニメーションに仕上げている。
 「Endorphin」はゲームのキャラクター・アニメーション制作や、映画におけるバックグラウンド・キャラクターの動きを自動生成するために用いられてきた経緯はあるが、このシーンのように主役クラスのキャラクターのデジタル・ダブルの動きに、よりインパクトのあるリアリズムを与えるために用いられたのは初めてで、非常に画期的なチャレンジであったといえる。


■最終的にはキャラクターの演出のための手作業が必要に

 人体シミュレーションの限界は何かとクック氏に問うと、「映画のシーンではキャラクターに対して特定のパフォーマンスが要請されることだ」という答えが返ってきた。どれほど精緻なシミュレーションをおこなうツールやシステムを導入しても、それだけで映画のシーンで必要とされるキャラクターの動きをつくりだすことは難しい。最終的にはシミュレーション結果をアニメーターが手作業によって特定の“アクション”へと昇華させる必要がある。

 「Endorphin」を用いた今回のア二メーションの作成では、いずれのシーンでも、シミュレーションの実行を繰り返して特定のパフォーマンスに近いところまでもっていき、その後さらにアニメーターが丹念にポーズを付け直すという作業をおこなっている。
 シミュレーションが作業を自動化する魔法のようなものではなく、あくまで絵筆の一つとしての役割を果たしているところが大きな特徴だといえるのだろう。

 シミュレーション的なアプローチは、身体の動きの制作だけではなく、髪の毛・皮膚・衣服などの動きや質感にも生かされている。今回、これらの表現はMayaのシミュレーション機能を用いて生成されたようだが、毛や布の動きに関してはMayaのヘア・シミュレーションやクロス・シミュレーションを補うものとしてインハウスのシミュレーション・ツールも併用されたという。
 「メン イン ブラック3」ではレイ・トレーサー「Arnold」がメイン・レンダラーとして採用されており、光と髪の毛・皮膚・衣服などはすべてこのレイトレーサーと、イメージワークス社が新たに開発したオープン・シェーディング・ランゲージ(OSL)で記述されたArnold用の物理的に正確なシェーダー用いてレンダリングされている。
 髪の毛に関しては、Mayaのシミュレーション結果をベースにしてArnoldによるレンダリング用のデーターを生成するKamiというインハウス・ツールも併用されたそうだ。


(写真説明)
(写真1)中央部分が緑色に光っている銃はAlienbrain Gunと呼ばれるもの。
このショットではこれらの銃と、銃を支えている手がCGで作成されている。
手だけではなく、映画の中には人間キャラクターをCGで置き換えた表現が多数登場する。
 そのリアリズムを高めるためには、皮膚・毛・衣服などに関して、イメージワークス社が開発したオープン・シェーディング・ランゲージ(OSL)で記述されたArnold用の物理的に正確なシェーダーの数々が開発されたという。

(写真2−4)
 シェア・スタジアム(Shea Stadium)のシーンでは、場内の環境、観客、プレーヤーなどがすべてCGで作成されている。観客とプレーヤーのアニメーションはMassiveを用いて作成された。
(写真2)ブルースクリーン・プレートのマッチムーブ
 ブルースクリーンになっている部分がフルCGで作成されるので、このCG部分が実写部分とうまく合成できるようにCGカメラの動きを算出する
(写真3)CGで作成された場内のレイアウト。(写真2)で実写撮影された手前の3人の俳優、床、手すりなどはCGで置き換えられている。
(写真4)CG部分にライティングとエフェクトを施してレンダリングし、実写部分と合成した最終映像

映画「メン・イン・ブラック3」全国絶賛上映中 
(c)2012 Columbia TriStar Marketing Group, Inc. All Rights Reserved.
 配給:東宝東和

(続く)

(写真2)シェア・スタジアムのシーン(実写)

(写真2)シェア・スタジアムのシーン(実写)

(写真3)シェア・スタジアムのシーン(CG)

(写真3)シェア・スタジアムのシーン(CG)

(写真4)シェア・スタジアムのシーン(合成)

(写真4)シェア・スタジアムのシーン(合成)

#interbee2019

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