【コラム】Netflix参入を画面の陣取り合戦だけと見てはいけない データマイニングがもたらす新たなコンテンツビジネス

2015.2.25 UP

Netflixのウェブサイト

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筆者へのレコメンデーション

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 Netflixがこの秋、日本でもサービスを開始すると発表した。すでにNetflixの日本上陸については、脅威論やいつものようなテレビ崩壊論があちこちで展開されている。黒船としてのNetflixの上陸は歓迎すべきところも多い。なぜなら日本の少なからざるレガシーなテレビ局や周辺業界の方々は、他局の動きや、外圧にはそれなりに反応をするからである。ここで大事なことはどう反応するのかだ。ではNetflixとはいったい何者で、日本のテレビ局の対応とその先に見え隠れすることについて考えてみた。
(デジタルメディアコンサルタント 江口靖二)

■米国での成功の経緯
 筆者はNetflixユーザーである。日本国内でも、パソコン経由であればVPNを経由してNetflixを視聴できている。
 米国での加入者数は2014年末で3,340万だ。Netflixはいくつかの偶然や必然を経て、ゆるやかに加入者数を拡大してきた。元々はビデオやDVDの宅配レンタルからスタートした。当時はレンタルビデオ店であるブロックバスターが大きなシェアを持っていたが、国土の広さと利便性からこれに勝利した。その後ネット配信を開始し、次なる競争相手はケーブルテレビに移行した。ケーブルテレビの受信料は非常に高額になっており、トリプルプレイ契約の場合は100ドルを超えることも珍しくない。これに対してNetflixは、その10分の1程度の価格でさらに多くの契約者獲得に成功した。ここまでの成功を背景に、オリジナル作品の制作に乗り出し、2013年に制作配信した「ハウス・オブ・カード」が大ヒットし、エミー賞をネット配信作品として史上初めて受賞した。このハウス・オブ・カードも含め、最近のオリジナル作品は4Kで制作・配信をされている。また配信開始当初は、PC向けのみのサービスであったが、Xbox、PS3、そしてスマートフォンやタブレットでも視聴できる。

■テレビ市場における彼我の違い
 米国との比較で見ると、日本におけるレンタルビデオやケーブルテレビ、衛星放送の市場、有料放送への加入者数など、どれをとっても大きく状況が異なる。そのため、少なくとも米国と同じストーリーのまま好調に推移するというわけにはいかない。
 まずはテレビをネットに接続しないことには何も始まらない。テレビのネットへの接続方法は、これまでのような有線LANではなく、無線LANによってケーブルの引き回しが不要になるが、その設定は決して簡単と言えない。総務省の「通信利用動向調査」によると、2013年末の家庭内の無線LAN利用率は54.8%だ。一方では、現在市販されているテレビはほとんどが無線LANに対応しているというのも事実だ。
 テレビのネット接続率は、日本は多くとも30%程度で米国は60%近いと言われる。だから日本ではNetflixは厳しいという指摘もある。だがこれは順序が逆である。NetflixやフールーのようなOTTサービスを見たいから接続率が高いのだ。米国ではケーブルテレビの加入率は70%近く、度重なる料金の高額化のため、1/10近い低価格のNetflixへの移行が進み、その結果としてネット接続率が高いのである。つまり、ネット接続率の違いが普及に影響するのではなく、見たいという意思の方がはるかに重要である。だが日本の場合は、そもそもの有料多チャンネルの利用率は15%程度と低いので、乗り換えではなくゼロスタートに近いことになる。
 
■「テレビにNetflix専用ボタン」のねらい
 東芝がNetflix専用ボタンを搭載し、今後各社がこれに追従するようだ。だからNetflixは優位という話があるが、確かに追い風ではあるがそれは早計すぎる。これもやはり順序が逆で、リモコンの専用ボタンが付いているからNetflixが伸びるのではなく、加入者が多いからボタンが付いたのである。リモコンのボタンは視聴誘導としては確かに非常に有力だが、決定打ではない。
 リモコンの専用ボタンも無線LANも、Netflixにとっては間違いなく追い風である。しかし金を払う価値を見いだせるかどうかは、利便性またはコンテンツそのものにかかっている。利便性については、Netflixはマルチデバイス対応であり、オンデマンドサービスであるので、いつでもどこでもテレビが見たいというニーズを満たしてくれる。利便性については、テレビ視聴における利便性以外の、生活における利便性の提供の可能性については後ほど述べる。
 こうした、いつでもどこでもテレビを見たい、というニーズに対して、例えば「ガラポンTV」は、ワンセグ画質ではあるが、すでに2週間分の全局の番組がいつでもどこでも見られる環境を提供している。ではこのガラポンTV、または類似のサービスが大きく支持されているかというと、そうとは言えない。その原因はどこにあるのかを、検証してみることも必要だろう。

■活発化する水面下での動き
 コンテンツの視点では、まさにNetflixの品揃え次第だ。すでに日本のテレビ局やプロダクション等に対して、水面下では極めて積極的なコンテンツ調達を行っている。エクスクルーシブ条件と引き換えの高額のオファーが、関係者の注目を浴びている。Netflixは月額定額制のVOD、つまりSVODであるので、テレビのような編成という概念がない。テレビは編成によって受け身でも楽しめるが、VODは自分の意志が必要になる。編成されていればそれは番組であるが、単品になると番組ではなくコンテンツになる。これは視聴意向と当時に内容にまで関わる問題だ。

■Netflixの本質とテレビの未来
 ここまでの話は、あくまでもテレビ画面の陣取り合戦の話だ。しかし、Netflixの本質は、ユーザーの視聴履歴や属性データをもとにした、徹底的にデータマイニングなレコメンド機能である。コンテンツをその作品に関してのあらゆるメタ情報を元に、なんと76,897通りにも分類している。それに全世界で5,740万人の視聴データとマッチングさせてレコメンドが行われる。このレコメンド機能が、実はこれまでのテレビ局における編成の役割を果たしている。見たくもない番組を流れで見てしまったり、番宣によって気づきを与えられて視聴するのと同じことを、Netflixはパーソナルなレコメンドとして提供している。Netflixの本当の脅威はおそらくここから始まる。
 テレビの編成機能をレコメンドが代替するその先には、物やサービスの販売が視野に入るに違いない。映像の好みは人間の潜在的な指向性をかなり代弁しているだろうから、テレビ(Netflix)を見ていたら、知らず知らずにうちに欲しいと思うものが出てきて、思わず買ってしまった、などという未来が現実のものとなるだろう。もっとも米国でさえ数年先の事になるのだろうが。

■日本のテレビ業界の今後のシナリオ
 日本のテレビ業界にとって、Netflixが脅威かといえば、私はそうでもないと答える。加入者もこれまでの有料視聴契約者の上限を大きく超えることはないだろう。むしろテレビを見なくなった層を引き戻す味方かもしれない。日本語という彼らから見ると極めてマイナーなマーケットであるので、極端な投資は行わないだろうから、行ったとしてもそこそこの普及でとどまるだろう。日本のテレビ局が、番組ではなく、コンテンツとして映像ビジネスを考えるのであれば、Netflixに徹底的にコンテンツ提供を行い、その先にある、自分たちではこれまで全く実現できなかった、データマイニングな物販のようなビジネスを共に展開する、というのはシナリオとしてはある。

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