【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】(6)『くもりときどきミートボール』2/2( 配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 9月19日(土)新宿ピカデリーほか全国ロードショー)

2009.9.1 UP

人間の肌の質感生成にはサブサーフェススキャタリングを使用
ツールは、直感的なコントロールの容易さが優先された

ツールは、直感的なコントロールの容易さが優先された

サブサーフェス・スキャタリングはダイポール・モデルがベース

サブサーフェス・スキャタリングはダイポール・モデルがベース

雲の表現は細かい要素に分離してレンダリング

雲の表現は細かい要素に分離してレンダリング

<<もう一つの進化、毛髪の表現>>

 映画『モンスター・ハウス』以降も、アーノルドは着実に進化していった。特に『くもりときどきミートボール』では、新機能の”へア・レンダリング“と”モーション・ブラー“が最大限に生かされている。
 SPIWが毛髪のレンダリングにレイ・トレーシングを用いたのは、今回が初めてだったという。これまでは毛髪で満たされたボリュームをレンダリングするという方法をとっていた。
 この方法で十分なリアリティを得るためには、毛全体の数を実際よりもかなり上増ししてレンダリングする必要があった。しかし、今回レイ・トレーシングを導入したところ、そのようなトリックを使わずに少ない数の毛をそのままレンダリングするだけで驚くほどのリアリティを得ることができ、その性能には目をみはるものがあったという。

 今回、アーノルドでは新たなへア・レンダリング機能を追加している。それは、髪の毛一本一本のスプラインを忠実にレイトレースする機能だ。MCRTの特徴でもある間接光が及ぼす影響まできちんと計算している点は、へア・レンダリングというジャンルでは画期的だ。さらにSPIWは、この機能をそのまま使うのではなく、計算を効率化するためにいくつかの工夫を加えている。

 一つ目の工夫としては、一本一本の毛(スプライン)をレイトレースするのではなく、毛が占めている領域全体をボクセルに分割して、個々のボクセルをレイトレースするという手法だ。
 このアプローチは基本的には以前に紹介したブルースカイ・スタジオの手法と類似している。しかし、今回はヘアに関しても、モーション・ブラーを考慮しなくてならなかった点で条件が異なる。
 一本一本の毛の代わりにボクセルをトレースすることによって計算時間は大幅に短縮できるが、モーション・ブラーを考慮するとなるとその短縮がままならないケースも出る。このあたりが大きな課題で、実際にどのように解決したかの詳細は「明かせない」そうだ。様々な試行錯誤を経たのちに、ある種のトリックを用いてこの問題解決したという。

 ブルースカイ・スタジオの手法と比べたときの、もう一つの違いは、毛髪に降り注ぐ間接光の影響を考慮した表現を実現した点だ。これは、ブルースカイ・スタジオが『アイス エイジ3』(09年)で成し遂げられなかった。
 手法としては、計算負荷考えて、毛髪による光の散乱が他の毛髪におよぼす影響までは計算せず、周囲の環境による光の散乱による影響だけが計算されたようだ。


<<様式化したデザインにリアリティを加える人間の表現>>

 『くもりときどきミートボール』でもとめられたリアリズムとは、決してフォトリアルなリアリズムではなかった。いってみれば“極端に様式化”されたデザインに対して、それとは正反対のリアルな要素を盛り込むことによって、真実味のあるビジュアルとしての均衡を保つというのが、ここで求められていたリアリズムの果たすべき役割だったのだ。

 その典型的な例として、人間キャラクターの顔の表現があった。今回の人間の顔は、目がとてつもなく大きくなったり、口が耳の近くまで裂けるほど大きく開いたりと、通常の人の表情からはほど遠く様式化されている。こういった極端な表情に対しても真実味を与えるために導入されたのが、物理的に正確な変形や物理的に正確な質感をつくりだすための技術だった。

 変形に関しては、パーティクルをバネでつなぎ、そのエネルギー保存を考慮したモデルが用いられたようだ。そしてすべての人間キャラクターの顔の質感に、ダイポール・モデルを改善したサブサーフェス・スキャンタリング・モデルが適用されている。
 これは、2002年のSIGGRAPHで発表されたもので、GIを用いて算出された物体表面への入射光を物体表面上のサンプル点に蓄え、これらのサンプル点に蓄えられている光の量に階層構造をもたせてサブサーフェス・スキャンタリングの計算を効率化していた。

 今回は階層構造の種類を増やし、サンプル点の密度もコントロールできるようにして、精度と計算時間との間のトレードオフに自在に対応できるようになった。もちろんサンプル点に蓄えられる光は、アーノルドを用いて正確に計算される。またダイポールからの光の減衰は正確には指数関数の減衰曲線に従うのだが、ここではキューブ状のスレッシュホールドをアーティストが設定し、このスレッシュホールドの境界で光の強さがゼロとなるような減衰が自動的に算出されるようになっていた。

 指数関数の物理パラメーターを設定するということはアーティストにとっては非常にわかりにくい作業だが、上記のようなキューブ状のブラーを作成する作業はアーティストにとってもなじみやすい。あくまで様式化されたデザインが主体であるゆえに、物理的な正確さそのものよりも、直感的なコントロールの容易さが優先されていたといえる。


<<インハウス・ツールを用いたボリューメトリック表現>>

 物理計算を用いたアプローチは、映画のテーマとなっている“雲”の表現や、ストーリー上で重要な位置付けにある“爆発”の表現に活用されている。
 “雲”に関しては物理シミュレーションによってその形状を生成し、レンダリングはインハウスのボリューム・レンダラーによって行われた。何層ものレイヤー構造を別々にレンダリングして合成するというアプローチがとられたという。
 レンダリングそのものはボリューム内部で光の散乱も考慮した精緻なものであったようだが、ライトの設定に関しては実際の自然界にあるような太陽からの光だけではなく、アーティスティックな視点から設置した数多くのライトが用いられたそうだ。

 シミュレーションによる物理的に正確な表現の追究と、クリエイターによる演出意図を反映するための工夫を融合させるという方向性は、”爆発”のシミュレーションにおいても同様だった。爆発そのものは流体シミュレーションを用いてつくりだされたが、今回はこのシミュレーションの結果をそのまま使うのではなく、その結果を用いてクリエイティブな映像にする点に多くの努力が必要とされたようだ。シミュレーション結果のタイミングを変える、異なったシミュレーション結果を融合させる、シミュレーションをいったん停止させて手を加えた結果をもとに再びシミュレーションを進行させるなど、どれもシミュレーションそのもののコンセプトに逆行する作業だった。

 MCRTをはじめ、これまで紹介してきたシミュレーション的手法は、もともとはすべてフォトリアルな表現のために考案されたものだ。しかし『くもりときどきミートボール』では、それらがまったく正反対の極端といえるほど様式化された表現と裏表になって大々的に導入されている。
 「観客が感知できるかどうかの非常に繊細なリアリズムを加えることが、ストーリーにも大きな意味をもっている」という考えが、今回のプロジェクトの根底にあった。ユニークなストーリーやデザインと共に、この映画の魅力の原点になっており、CG技術の新しい方向性を示唆しているともいえるだろう。

ツールは、直感的なコントロールの容易さが優先された

ツールは、直感的なコントロールの容易さが優先された

サブサーフェス・スキャタリングはダイポール・モデルがベース

サブサーフェス・スキャタリングはダイポール・モデルがベース

雲の表現は細かい要素に分離してレンダリング

雲の表現は細かい要素に分離してレンダリング

#interbee2019

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