【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】(2)1/3 映画「ターミネーター4」(09年公開、配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、6/13(土)より丸の内ピカデリーほか配給)

2009.6.18 UP

映画「ターミネーター4」
「桁違いのリアリズム」を実現
ILMが新たな境地を開拓


 映画VFXの歴史に偉大な軌跡を残してきたターミネーター・シリーズ。新シリーズ三部作の幕開けとなる『ターミネーター4』がこの6月にいよいよ公開となる。本作品でマック G監督が求めたのは、これまでのターミネーター作品とは桁違いのリアリズムだったという。そして、この課題に挑んだILMは、勇気ある決断と共に新たな新境地を開拓した。ここでその技術の全貌を、本プロジェクトを率いたスーパーバイザーらのインタビューを交えて3回にわたり紹介する。(配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、6/13(土)より丸の内ピカデリーほか全国ロードショー)


人物写真:今回の「T4」のVFXに携わった3人の中心人物。右からChristophe Hery(R&D Lead)、Marc Chu(Animation Supervisor)、
Philippe Rebours(CG Supervisor)

<ILMのジレンマと決断>
 デジタル技術が導入されるまで、VFX(ビジュアル・エフェクト)とは、火薬を使った爆破、機械仕掛けもしくは人間の手作業で動かす模型など、極めて手工業的で職人的な範疇の仕事だった。その後、コンピューターを武器に、そうした古典的な認識を大きく覆したのがILM(インダストリアル・ライト・アンド・マジック)だった。
 ILMが『ジュラシック・パーク』(90年)や『ターミネーター2』(91年)などのVFXで成し遂げた偉業は、映画のVFXにおけるコンピューター・グラフィックス(CG)の潜在能力の大きさを映画界に大きくアピールし、映画制作にCGが浸透していく突破口となった。その後もILMは、高度なCG技術を駆使した新たな表現手法を次々に映画制作に導入していく。
 流体シミュレーション、変形シミュレーション、剛体シミュレーション、イメージベースト・ライティング、サブサーフェース・スキャタリングなど、数えればきりがないほどだ。大学の研究室とのコラボレーションという開発体制を真っ先に導入し、確立したのもILMだった(特に流体シミュレーションにおけるスタンフォード大学とのコラボレーションは名高い。前回紹介したダブルネガティブ社とブリティッシュ・コロンビア大学とのコラボレーションも、実はここに源を発している)。こうした動きが、CGを駆使したVFX隆盛の端緒となったといえる。
 
 そのILMがチャレンジをしぶっていた領域がたった一つある。それが「物理的に正確なレンダリング技術(physically-based rendering)」の領域だ。具体的には、レイトレーシングを用いたレンダリング技術のことを指している。
 レイトレーシングの計算負荷は重いため、完成までに膨大な時間を要した。そのため、これを映画のVFXで用いることは長年、タブーとされてきた。レイトレーシング手法を回避する形で開発されてきたのが、膨大な量のレンダーマン上のシェーダーの数々だった。前述したサブサーフェース・スキャタリングなども、このシェーダーを用いて実装されている。
 時代は進み、VFXに求められるリアリズムのレベルが急速に高まる。同時に、マシンの性能も急速に向上し、レイトレーシングが、映画のVFXにおいても現実的に利用可能な状況になる。それに対してシェーダーを用いる方法は、「物理的な正確さをフェイクする(ごまかす)手法」と見られるようになってきた。
 しかし、これまで蓄積してきた表現技法やツールといった遺産をすべて投げ打って、まったく新しい方法論に切り替えるというのは、非常にリスクが大きい。システムの再構築のみならず、それを使う技術スタッフやアーティストの再教育も必要とされる。理想と現実の合間でのジレンマともいえる状況がここしばらく続いてきた。

 ILMは、今回の『ターミネーター4』でこの状況を打破すべく、これまでのシェーダーをベースにしたレンダリング・パイプラインをやめ、「物理的に正確な」レンダリング・パイプラインへと根底から作り直すという方向性を打ち出したのだ。
 一言でいうのは簡単だが、これを実行することは”社内における革命”といえるほど大変な作業だったようだ。実際、映画の中の表現力という意味では、これまでのシェーダーを用いた手法でも可能であったという。また、ILMにとって看板ともいうべき重要なプロジェクトにおいて、全く新しいパイプラインを初めてもちいるというリスクは非常に大きかった。
 それでもあえて”根本から作り直す”という方向性をとったのは、会社として今後を見据えた決断だったようだ。逆にいえば、『ターミネーター4』であるからこそ、このような「変革」を決断したといえるのかもしれない。
 少し前置きが長くなったが、ここではこのような制作現場の背景をふまえつつ、『ターミネーター4』のVFXの特徴を見ていきたい。

<『ターミネーター4』のVFXとは>
 旧シリーズの3部作では、現在の地球を舞台に、はるかかなたの未来から現在にタイムトラベルしてきたキャラクターと現在の地球の人間との交流が描かれていた。これに対して、『ターミネーター4』では、2018年という、今からそれほど遠くはない未来の地球が舞台となっており、そこでは地球上の人間もターミネーターも同じ時代の存在だ。そのため、同時代の人間とターミネーターとの関わりをリアルに描きだすことが、本作品では重要なテーマの一つとなっていた。
 演出上でも、「グリーンスクリーンの前で(見えない敵を相手に)演技している役者を撮影するのではなく、実際にターミネーターを相手にしている役者を撮影したい」というのが、マック G監督の強い意向であったという。また、今回のターミネーター(T600)は、過去の作品に登場するターミネーターほど進化しておらず、重々しい金属でつくられた「機械的」な面持ちをしている。
 どちらかといえば今、存在してもおかしくないロボットというのが、今回のターミネーターだ。そうした身近なロボットとして、リアルに感じるように描きだすことは、遠い未来のロボットを描き出す以上に難しいことだった。
 そのため、今回のターミネーターの表現は、より金属的な質感になる。金属的な質感表現は、本来CGが得意としていたものだ。しかし、CG研究者の多くは、長年、有機的な物体の表現について研究を進めてきた。いってみれば、CGでの表現が難しいとされてきた面に力を注ぎ、本来得意な分野であった「金属」の表現は幾分なおざりにされてきたともいえる。CG表現に目が肥えてきた観客の目には、十数年前のままの表現力はもはや通用しない。それゆえに、今回はあえてこのCGの王道ともいえる表現力の強化に力が注がれた。
 また今回は、こういったロボット=機械の金属的な表現が、ストーリーを語る上で重要な役割を果たす。

(写真解説)『ターミネーター4』の世界観は、「ロボット=機械の金属的な質感」と、「原子爆弾によって焼き尽くされた地球」の二つのイメージで構築されている。ILMは、CGを含むさまざまなVFXを融合させてこの世界観にリアリティを持たせている。

#interbee2019

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