【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】(6)『くもりときどきミートボール』1/2( 配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 9月19日(土)新宿ピカデリーほか全国ロードショー)

2009.9.1 UP

映画「くもりときどきミートボール」より
SPIWのロブ・ブレドゥ氏

SPIWのロブ・ブレドゥ氏

ボリューメトリックな要素以外はすべてアーノルドを用いている

ボリューメトリックな要素以外はすべてアーノルドを用いている

レイ・トレーシングの効果はクローズアップで顕著に見られる

レイ・トレーシングの効果はクローズアップで顕著に見られる

計算効率を上げるために毛が生えている領域全体をボクセルに分割

計算効率を上げるために毛が生えている領域全体をボクセルに分割

 8月に米ニューオリンズで開催されたSIGGRAPH2009では、各種のセッションにおいて、ハリウッド映画で活躍するVFXプロダクションが自社の技術を披露した。そうした中で、ハリウッド映画のためのCG制作におけるレイ・トレーシング利用の浸透が、顕著な傾向として見られた。この傾向を代表した作品ともいえるのが、9月に日米ほぼ同時公開となる『くもりときどきミートボール』だ。SIGGRAPHでも、この作品に関連したプレゼンテーションが、トーク・セッションを中心にいくつか開かれていた。
 今回は、この映画の立体3DCG映像を制作したソニーピクチャーズ・イメージワークス社(SPIW、Sony Pictures Imageworks)のVFXスーパーバイザー、ロブ・ブレドゥ(Rob Bredow)氏とのインタビューを通して、画面からは想像もつかない技術的な工夫の数々を紹介したい。(倉地紀子)


<<レイ・トレーシングを選択したSPIWの決断>>

 8月に米ニューオリンズで開催されたSIGGRAPH2009において、SPIWは今後レイ・トレーサーを同社のメイン・レンダラーとして位置づけてゆくということを正式にアナウンスした。創設時からレイ・トレーサーを主軸にしてきたブルースカイ・スタジオと違い、SPIWは屈指のレンダーマン・ユーザーとして知られてきた。それだけに上記のような同社の決断は、ハリウッド映画におけるレイ・トレーサーの位置付けを大きく変えていくことになりそうだ。

 SPIWは映画『モンスター・ハウス』(06年)のプロジェクトで、初めてレイ・トレーサーを本格的に導入した。ただし、一言にレイ・トレーサーといっても様々なレベルがある。一番シンプルなレイ・トレーサーは、光源から直接物体表面に到達する光(レイ)の経路を、視点方向から逆追跡する。
 レイ・トレーサーを使う利点は、金属などのようにピカピカした質感をリアルに表現することにある。そのためには、上記のように直接光だけを考慮したレイ・トレーサーでも十分だ。しかし、『モンスター・ハウス』で求められていたのは、クレイ(粘土)で作成されたような人形の質感をレイ・トレーサーで出すことだった。

 このような質感をつくりだすためには、光が光源から発して、様々な物体の表面で反射し、レンダリングすべき物体表面に到達するまでの光の経路を逆追跡する必要がある。こうした光の反射の経路を追跡することで、シーンのさまざまな場所で反射した光の間接的な影響も表現できる。
 金属のように無機的で堅い質感とは対照的に、粘土の人形のように有機的で柔らかい質感をリアルに表現するためには、この間接光の影響を反映することが重要な要素になる。この、間接光の影響まで考慮したレンダリング手法を、総称してグローバル・イルミネーション(GI、Grobal Illumination)と呼ぶ。


<<革新的レイ・トレーサー「アーノルド」との出会い>>

 レイを用いたグローバルイルミネーション、間接光の影響まで考慮したレイ・トレーサーのことを、モンテカルロ・レイ・トレーサーとよぶ。SPIWが『モンスター・ハウス』で起用したのは、アーノルド(Arnold)と呼ばれるモンテカルロ・レイ・トレーサーだった。
 アーノルドは2000年初頭に、革新的にフォトリアルなレンダラーとして一世を風靡した。今でこそ、様々なタイプのGIツールが出てきているが、当時は市販のGIツールがほとんど存在していなかった。それだけに、多くのレンダリングユーザーは、アーノルドが市販ツールとしてリリースされるのを心待ちにしていた。しかし、結局アーノルドが市販ツール化されることはなく、いつしか人々の間からもアーノルドの話題は消えていった。だが、実際にはアーノルドはその後も着実に進化していったのだった。

 アーノルドの開発者はスペイン出身のマルコス・ファラウド氏。前述したような間接光を考慮したレイ・トレーシング(MCRT:モンテカルロ・レイ・トレーシング)では、光が飛来しうるさまざまな方向に向かって(実質的には天空全体に向かって)レイを飛ばす必要がある。このとき、レイの数が多いほどリアルな表現になる。あらゆる方向にレイを飛ばすことができれば、それが理想だが、レイの数を増やすと計算時間が増大する。 “あらゆる方向”を近似的にカバーするために、どの方向にどれだけのレイを飛ばすかが、この手法の鍵となる。
 実際にはGIソフトでMCRTだけを用いてこの問題を解決したものは、現在でもほとんど存在しない。アーノルドは、上記の判断工程に独自のアルゴリズムを導入して、計算時間とノイズの軽減とのトレードオフをうまく解決したとされている。その意味でもアーノルドは稀有の存在なのだ。

 ファラウド氏が最初に米国に出向いたのは、ポール・デべヴェック氏が携わっていた古代ギリシャのパルテノン神殿を復元するプロジェクトに加わるためだった。デべヴェック氏はイメージベースド・ライティング(IBL)の最終レンダラーとしてアーノルドを使ってみたいと思ったのだ。このプロジェクトを通してアーノルドはHDRやIBLにも対応できるように成長してゆく。ファラウド氏がプロジェクトを終えて、ひとまずスペインに帰ったところで、今度はSPIW社からの依頼が舞い込むことなる。


<<SPIWで独自の進化を遂げた「アーノルド」>>

 『モンスター・ハウス』は全編がアーノルドでレンダリングされた。そのためには既存のアーノルドを実際の映画制作向けに進化させる必要があり、ファラウド氏はSPIWのテクニカルスタッフと協力してこの偉業を成し遂げた。
 その後、ファラウド氏はSPIW社を去るが、SPIWに残されたアーノルドはSPIW独自のレイ・トレーサーとして社内に根付いていく。いってみればSPIW社のレイ・トレーサーは、アーノルドの分家といった形だ。本家のアーノルドはファラウド氏が直接指導するという形で、米国や欧州の様々な映像プロダクションに浸透していく。そして今年に入って、遂にソフトイメージのプラグインとしての発売も決定したという。

 SPIW社のアーノルドは、映画『イーグル・アイ』(08年)以降は実写映画でも積極的に導入されるようになってゆく。映画『ウォッチメン』(09年)の火星のシーンでは、火星にそびえるガラスの宮殿が、アーノルドのAPIを用いたフォトン・マッピング法を導入してレンダリングされた。これまでにない新しい表現の実現手段として、アーノルドは大きく貢献しはじめているといえそうだ。そして、『モンスター・ハウス』以来、ひさしぶりにほぼ全編をアーノルドでレンダリングした作品が、今回の『くもりときどきミートボール』なのだ。


<<アーノルドの新機能 ヘア・レンダリング>>

 『モンスター・ハウス』以降も、アーノルドは着実に進化していった。特に『くもりときどきミートボール』では、新機能の”へア・レンダリング“と”モーション・ブラー“が最大限に生かされている。
 SPIWが毛髪のレンダリングにレイ・トレーシングを用いたのは、今回が初めてだったという。これまでは毛髪で満たされたボリュームをレンダリングするという方法をとっていた。
 この方法で十分なリアリティを得るためには、毛全体の数を実際よりもかなり上増ししてレンダリングする必要があった。しかし、今回レイ・トレーシングを導入したところ、そのようなトリックを使わずに少ない数の毛をそのままレンダリングするだけで驚くほどのリアリティを得ることができ、その性能には目をみはるものがあったという。

 今回、アーノルドでは新たなへア・レンダリング機能を追加している。それは、髪の毛一本一本のスプラインを忠実にレイトレースする機能だ。MCRTの特徴でもある間接光が及ぼす影響まできちんと計算している点は、へア・レンダリングというジャンルでは画期的だ。さらにSPIWは、この機能をそのまま使うのではなく、計算を効率化するためにいくつかの工夫を加えている。

 一つ目の工夫としては、一本一本の毛(スプライン)をレイトレースするのではなく、毛が占めている領域全体をボクセルに分割して、個々のボクセルをレイトレースするという手法だ。
 このアプローチは基本的には以前に紹介したブルースカイ・スタジオの手法と類似している。しかし、今回はヘアに関しても、モーション・ブラーを考慮しなくてならなかった点で条件が異なる。
 一本一本の毛の代わりにボクセルをトレースすることによって計算時間は大幅に短縮できるが、モーション・ブラーを考慮するとなるとその短縮がままならないケースも出る。このあたりが大きな課題で、実際にどのように解決したかの詳細は「明かせない」そうだ。様々な試行錯誤を経たのちに、ある種のトリックを用いてこの問題解決したという。

 ブルースカイ・スタジオの手法と比べたときの、もう一つの違いは、毛髪に降り注ぐ間接光の影響を考慮した表現を実現した点だ。これは、ブルースカイ・スタジオが『アイス エイジ3』(09年)で成し遂げられなかった。
 手法としては、計算負荷考えて、毛髪による光の散乱が他の毛髪におよぼす影響までは計算せず、周囲の環境による光の散乱による影響だけが計算されたようだ。
(つづく)

SPIWのロブ・ブレドゥ氏

SPIWのロブ・ブレドゥ氏

ボリューメトリックな要素以外はすべてアーノルドを用いている

ボリューメトリックな要素以外はすべてアーノルドを用いている

レイ・トレーシングの効果はクローズアップで顕著に見られる

レイ・トレーシングの効果はクローズアップで顕著に見られる

計算効率を上げるために毛が生えている領域全体をボクセルに分割

計算効率を上げるために毛が生えている領域全体をボクセルに分割

#interbee2019

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