【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】(5)2/3 映画『ナイト ミュージアム2』(8月13日(木)、TOHOシネマズ 日劇 他全国ロードショー配給:20世紀フォックス映画)

2009.7.28 UP

『ナイト ミュージアム2』
彫像やフィギュアによる名演技
リアリティを支える技術に注目

<“彫像”のアニメーション>
 『ナイト ミュージアム2』に登場する新たなキャラクターに、動く“彫像”がある。一言に彫像といっても、リンカーンのような歴史的な彫像もあれば、ロダンの“考える人”や ドガの“踊り子”のようなアート作品、さらにはアメリカの人気ポップバンドJonas Brothersの歌を口ずさむ天使たちなど、その顔ぶれは実に多彩だ。
 これらの彫像キャラクターのユーモラスな演技は、今回の映画において、監督が最も力を入れた部分だったという。過去の映画作品などから抽出したフッテージや自らの演技を撮影したビデオ画像など、実に数多くの参考資料がリズム&ヒューズ・スタジオに送り込まれてきたそうだ。
 監督は、演技の豊かさに加え、石膏や大理石で造られているという「彫像らしさ」の表現も望んでいた。CG表現には、金属や石などのような硬い物体が多く、石膏や大理石の表現は決して難しいとはいえない。しかし、今回は人間キャラクターとしてのリアリティも重要視されていた。
 今回は、人間のキャラクターを作成するパイプラインをベースに作業がスタートした。顔の表情についてはフェイシャル・アニメーションが、衣服であればクロスシミュレーションが用いられた。
 石膏や大理石ならではの堅さを表現するため、それぞれのシステムにおいて特殊な設定が加えられた。たとえばフェイシャル・アニメーションにおける皮膚の弾性を表現する動きでは、物理係数を調整して生身の人間ほどには皮膚が伸縮しないように設定している。また、顔のある特定の部分を動かした場合に、影響が与える部分についての設定を変え、影響の及ぶ範囲を狭めている。人間として自然な表情でありながらも石らしい硬さをつくりだすことができるように試行錯誤がおこなわれたようだ。
 クロスシミュレーションでは、衣服の糸の伸び縮みや糸の曲がり具合をコントロールするための物理係数をできるだけ硬い糸になるようにセットし、さらに糸がしなうような動きをできるだけ阻止するような計算工程を部分的に加えてシミュレーションがおこなわれた。
 彫像では、アニメーションだけでなく、モデルに関しても色々な工夫がなされた。リンカーンの彫像は、スミソニアン博物館を代表する展示物だ。ストーリー上でも非常に重要な役割を果たす。当初は実際の彫像をレーザー・スキャンでデジタイズする予定だったが、スミソニアン博物館から許可が下りなかったため、撮影した写真から、イメージ・ベースドの手法を適用してリンカーンの彫像の3Dモデルを作成している。
 歌を口ずさみながら羽ばたく天使に関しても、Jonas Brothersのメンバー3人の顔写真をもとにしてその特徴を彷彿とさせるような3Dモデルが作成された。博物館のほんの片隅にあるような彫像に至るまで、リズム&ヒューズ・スタジオは実に数多くの彫像を作成した。博物館の内部を走りぬける主人公たちの背景シーンのリアリズムを高める上で、大きく貢献している。
 彫像を非常によく似たアプローチで作成されたものに、アインシュタインのフィギュア(人形)がある。スミソニアン博物館のみやげ物売り場で販売されている人形という設定だが、意外にもストーリー展開の鍵を握る重要な役割を果たす。リンカーンの彫像のような厳かさとは対照的に、チープな人形らしい滑稽さと愛嬌たっぷりのギャグがこのキャラクターの最大のチャーミングポイントだ。
 もちろん“アインシュタイン”として登場する以上は、どこかで「頭がよい」ということもアピールしなくてはならない。このようなキャラクターの特徴をうまく視覚化するためには、小さな切り株のような胴体の上で、大きな頭がまるでピストンのようにのべつまくなしに上下するという構造が与えられた。単純で規則正しい上下運動の中から、ユーモア溢れる演技が読み取れるようなアニメーションが作られている。
 ピストンの動きは物理法則にのっとったプロシージャルな手法で作成され、その各部分でアニメーターが手作業で作成したアニメーションとうまく融合できるように、上下の運動が自動的にコントロールされるようになっていたという。アインシュタインは、リンカーンなどの場合とは違い、シミュレーションよりもアーチストの手作業に依存する部分が大きかったそうだ。
 顔のアニメーションに関しても皮膚の弾性を考慮した動きとは逆に、皮膚としての限界を超えた極端な動きも可能となっていた。これが、滑稽で愛嬌のあるアインシュタインの表情をつくりだす上で役立ったようだ。

<“毛”の生えた動物たち>
 映画には様々な動物が登場するが、実際に撮影されたのは2匹の猿と一匹の馬だけ。その他はすべてCGで作成されている。中でも圧巻といえるのは“毛”の生えた動物たちだ。
 リズム&ヒューズ・スタジオは『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』(2005年)で精緻な毛のシミュレーション・システムを構築した。2000年以降に発表されたあらゆるヘア・シミュレーションの論文手法を網羅したともいえるこのシステムでは、毛髪同士、あるいは毛髪と外部の障害物との干渉を正確に、なおかつ効率的にシミュレートできる。
 特に、ローマの初代皇帝オクタヴィウスのミニチュアが騎乗する“リス”の作成で、このシステムを活用している。まず最初に、オクタヴィウス役の役者の演技を撮影した。このとき、CGのリスのモデルとアニメーションをもとにしている。リスの後頭部から背中にかけての構造を模型にし、リスの動きにあわせてカメラを動かしている。カメラをリスのアニメーション・カーブに従って動かすのに加え、模型に取り付けられた複数のピストンで独自の動きを設定している。撮影した役者の動きをヘア・シミュレーションのシステムに読み込み、オクタヴィヴスの体との干渉を考慮したリスの毛の動きを作り出している。


<画像説明>
一番上:リンカーン
 様々な彫像の中でも、リンカーンの作成には最も手の込んだ作業が必要とされたようだ。
 顔のモデルの作成では、スミソニアン博物館内にあるリンカーンの彫像を撮影した膨大な数の写真をもとにして、実物に忠実な3Dモデルが復元された。身体のモデルの作成では、顔のモデルとうまくマッチするようなスケールや雰囲気をもった立ち姿のデザイン画が多数描かれ、それをもとにしてアーティスティックな視点から3Dモデルが作成された。
 アニメーションの作成では、基本的には顔に関しても衣服に関しても、通常の人間に用いられるのと同様のフェイシャルアニメーションやクロスシミュレーションのシステムが適用された。フェイシャルアニメーションもクロスシミュレーションも弾性のある変形をおこなう。この弾性を最小限にとどめるような物理的設定をすることが、石らしい硬いアニメーションをつくりだすための鍵となった。フェイシャルアニメーションの場合には、ある特定の部位を動かし場合に、その影響をうける部位の範囲を極点に狭めるという工夫も加えられた。リンカーンの場合であれば口を動かして喋っても、頬やあごひげなどにその動きが伝播しないように設定されていたという。

上から2、3番目:さまざまな彫像キャラクター
 映画の中には、ロダンの“考える人”、ドガの“踊り子”、“ビィーナス”といったアート作品も登場する。リンカーン同様にこれらに関しても、キャラクターとしての個性を持たせると同時に、石らしい硬い見え方をつくりだすための工夫がなされたそうだ。

上から4番目:アインシュタイン
 非常に小さな胴体の上でひっきりなしに上下する大きな頭のアニメーションが、
土産物売り場のフィギュアとして登場するアイシュタイン・キャラクターのユニークな魅力となっている。プロシージャルなアニメーションとキーフレーム・アニメーションとをうまく融合させて、規則正しく単調な頭の上下運動の合間からユーモア溢れるキャラクターの演技をうまく読み取れるようなアニメーションが作成された。

上から5番目:リスとオクタヴィウス
 毛の生えた動物の表現は、リズム&ヒューズ・スタジオが得意とするところ。ミニチュアとして登場するオクタヴィヴスがリスに騎乗するシーンはその代表例といえる。

#interbee2019

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