Inter BEE 2008 基調講演公式インタビュー【その2】

2009.1.20 UP

ゲスト:アンディ・デイビー氏(BBC フューチャーメディア・アンド・テクノロジー局 コントローラー)
インタビュアー:鈴木 祐司 氏(NHK放送文化研究所主任研究員)
司 会:國重 静司 氏(NHKアート執行役員)
日 時:2008年11月19日


〔コンテンツの配信コストについて〕

(鈴木)
次は配信コストに関する問題について伺います。いわゆる配信コストには、二つあると考えています。その一つは、サーバーの整備と運用管理に関するコストであり、もう一つは、コンテンツサービス時における帯域に関するコストです。BBCにおいて、P2Pによる配信方式が最初に重視されたのは、多分、コンテンツの配信コストの低廉化が目的であったと考えています。しかし、P2Pによるダウンロード方式は、ユーザーが嫌がって、ストリーミングの方が多くなってきているのではないか。その結果、実態として、80%ぐらいがストリーミング方式ということになっているのでは?
この場合、ストリーミング方式ではセンターサーバーに全部負荷がかかってくるため、サーバーの増設や、そのコンテンツ配信時に多くの帯域を費やしてしまうことにより、コストがかかり、採算が見合わなくなるのではないか。つまり、収入とコストの比較において、コストがどんどん大きくなってしまうのではないかと思うのですが、この場合、BBCでは、どのようなマネージメントが実践されているかについて、お聞かせいただければと思います。

(Davy)
いま、鈴木さんのお話を伺いながら少し微笑んでしまったのは、BBCは、視聴者からの受信料契約、すなわちライセンスフィーを収入源としており、現状のコンテンツ配信サービスによって収益や売上をあげることを目的としておりません。このため、コストと売上のバランスをとるという感覚ではないわけです。具体的にiPlayerによるコンテンツサービスの場合、ユーザーにとっては課金がないわけですが、確かにコストが非常に発生しております。いずれにしても、それに対して収益ということを考えなくても、コンテンツ配信サービスコストを下げることが必要となります。このために、ディストリビューター側と交渉しなければならないわけです。また、サーバーに対する負荷などもできるだけ軽くしなければなりません。
 iPlayerの場合には、これからコンテンツの配信が増加する状況の中で、ディストリビューター側と非常に有利な交渉をすることができました。今後は、確実にインターネットの利用コストが下がる一方、コンテンツの高品質化などにより、帯域幅はさらに必要になり、コンテンツの配信量も増えるわけですが、コストに関しては、うまく横ばいに抑えることができました。

(鈴木)
そこが非常にポイントなのですが、横ばいにできたのは、P2P技術のおかげなのか、それとも今言ったような交渉力がうまく作用したのか・・・。つまり、普通のストリーミングでやりますと、一般的には、ユーザー数とコストというのは正比例の関係で、ユーザー数の増加とともにコストが上がるはずなのですが、先ほどもP2Pではなくて徐々にストリーミングの方が増えてきているという話でしたので、そうすると、この世界の常識でいうとコスト横ばいというのはできないはずなので、その横ばいにできた最大の理由は何なのかというところをもう少し明らかにしてほしいのですが。

(Davy)
配信コストについてですが、横ばいというとらえ方をしたのは、その上昇率(カーブ)が、コンテンツ配信に必要な帯域幅の急激な上昇に比べて、極めて緩やかであるということです。言い換えれば、急激な帯域幅の上昇に対応するためのコストは大幅にアップしたのですが、配信コストに関しては、これと比較して極めて緩やかな上昇となり、横ばい状態にあるということができます。



【コンテンツ配信は有料/無料?】

(鈴木)
先程のアンディさんのご説明によると、BBCにおけるコンテンツの配信サービスは、受信料によって賄われているため、あまり収支のバランスを考える必要はないが、なるべく低コストで、かつ多くの人に利用してもらうことを考えればいいわけですが、これに対して、日本における多くの放送事業者は有料サービスとしてVODに挑んでいるわけです。この場合、当然ながら、利用者数の増加に比例して収入が増えるのですが、同時にコストも上がっていってしまうことになります。こうした状況を踏まえ、BBCの経験から、有料のVODサービスには勝算がないように見えるのか、それとも可能性があるかについてどのように考えているか教えてください。

(Davy)
非常に難しい問題ですが、やはり市場にかなり依存するところが大きいのではないかと思います。あまり価格を上げすぎて有料サービスにしますと、お客さんがついてくれないということになりますし、あまり安いと利益が出ないというわけです。そういう意味では確かにBBCは課金しないフリーのコンテンツ配信であることがラッキーであったと言えるかと思います。日本では海賊版などを使っている方というのは比較的少ないのではないかと思いますが、料金を上げすぎますと、お客さまはコンテンツをどうしても見たいということで、不当に海賊版などを入手するということにもなってしまいますので、こうしたサービスをビジネスモデルとして、いかに確立するかというのは微妙な問題です。

(鈴木)
この場合、コンテンツの重要性について、アンディさんの経験に基づいたコメントを頂きたいと思います。ポイントとして、要はビジネスモデルを成功させるには非常にコンテンツが重要で、NHKもBBCも非常に多くのコンテンツがアーカイブされており、こうしたコンテンツをうまく使えば成功するかもしれないと考えています。その辺については、どうお考えでしょうか。

(Davy)
iPlayerで何に人気があるかと考えてみます。そうすると、先程の講演の中で、ロングテールのチャートでも示したとおりで、意外とテレビの番組と似たようなものが人気があります。つまりテレビで視聴率の高いものが、やはりiPlayerでもダウンロードが多いということになっています。これはやはり通常のプログラムと同じルールが適用できると思うのです。つまり、魅力的な放送番組があればビジネスとして成功する可能性が高いということで、当然そのコンテンツは非常に重要なわけです。iPodでも、テレビでも魅力的なコンテンツというのが、そのビジネスの成否を分けるということだと思います。

(鈴木)
恐らく今のBBCの経験というのは、無料だからということが前提になっていまして、視聴率が高い番組が有料でもたくさん売れるかというと、必ずしもそうではないというのが日本でもある程度分かっています。例えば視聴率の高かったドラマがレンタルビデオとして公開されるようになったから、たくさん借りられるかというと、そうでもないのです。やはり若干そこは無料と有料で消費者の行動が変わるのです。その辺りをどう思いますか。

(Davy)
これには、もう一つ次元を超えなければいけません。7日間という「ウィンドウ」がありますので、時間というのは非常に重要なわけです。非常に人気のある番組であれば、その7日間しか見られないというわけです。ですから、先ほど説明していただいたのは、どちらかというとBBCがDVDを出すというようなシナリオだと思うのです。例えば“EastEnders”のような放送番組をDVDにするか、あるいはオンデマンドで提供する、ということが考えられますが、これについてはどうかということです。そこにもう一つ考えるべき次元があるというか、違いがあるのかもしれません。



【配信コンテンツのアクセス数とユーザー層】


(鈴木)
今日のプレゼンテーションの中で、アクセス数について、平均で45万ということでしたから、おおまかにいうと約50万とすれば、2500万世帯が分母ですので、50分の1ぐらい、つまり2%の人たち、もしくは世帯数が毎日iPlayerにアクセスしていることになります。この比率については、どんな感想をお持ちですか。

(Davy)
私どもとしては、この2%というのは高い数字であると認識しています。ただし注意書きが必要なのですが、いわゆるブロードバンドをお使いのお客さまで、50~60%ぐらいがそういう状態だと思いますが、そういう方がある番組に興味を持ってダウンロードするということですので、これはかなり高くなるのも当然です。それに対して私どもの場合には、まだそれだけのインフラもないわけですし、そもそも最初のころはサインインする、加入システムということになっていますので、1年で加入する人が100万ぐらいを考えていたわけです。実際にはそれがなくなりましたので、ちょっと事情が違いますが、私たちが期待した以上に多くのユーザーが興味を持ってくれたという意味では成功したと考えています。

(鈴木)
今日のプレゼンテーションの中で、ユーザーのデモグラフィックといいますか、姿として、40代の男性でといった説明がありましたが、あの層は、テレビのままだと取れなかった人たちで、iPlayerをやったがためにBBCのアクセス量になったという意味で、新しい視聴者を開拓したというふうに位置づけているかどうか。つまり、公共放送BBCにとって、このiPlayerは接触者を増やしたという意味では大きな意味があったと現時点で思われているのか、どのように評価されているかを教えてください。

(Davy)
私どもの感覚では若い人、つまりテレビ離れをしているような世代に対しても、それを引き止めるというわけで非常に戦略的な意義があったのではないかと思います。本来ですとテレビを見ないような人たちもiPlayerを通してさまざまなアクセスをしてくれるといったことです。

(鈴木)
そうすると、現状で毎日2%ぐらいの人たちがアクセスするのですが、これは5年、10年というスパンで見ると、どのぐらいまで比率が上がると思っているのか。

(Davy)
ターゲットは設定していませんが、ちょっと予測しにくいですね。ただ、やはり聴取者の挙動がかかわってきていると。私どもの大きな希望としては、iPlayerをすべてのブロードバンドのエッセンスを欲しているユーザーにお使いいただければと思います。当然、テレビ知識を持っている方々は必ずBBCにはアクセスしていただいていると言っていいと思いますが、やはりiPlayerの方もそのぐらい伸びてくれるとうれしいですね。

(鈴木)
現状2%なのですが、それがこれから上がってくると。それで、活動である以上、コストパフォーマンスも当然考えなければいけないので、現状、BBCの全収入の中でiPlayer関係にどのくらいのコストを投入していて、これは今後どのようになっていくのかというところはいかがでしょうか。

(Davy)
正確なパーセンテージは申し上げられないのですが、ごくごくわずかです。BBCのドラマなどに比べるとごくわずかですね。ほかのサービスも含めて、オンラインへのさまざまなサービスの中にⅰiPlayerというものがあるわけで、BBCとしては徐々にオンラインの方に移行はするのですが、こうしたインタラクティブのサービスは1年ぐらい前で3%ぐらいしかコストとしてはかかっていませんので、仮にこれが倍になったとしても全体に占める割合は6%ということで、投資(コスト)の部分はかなり低いと言っていいと思います。



【“iPlayer”のポジショニング】


(鈴木)
アンディさんは、先程のご講演の中で、iPlayerというのは、単に番組コンテンツの二次利用をするプラットフォームではなくて、ソーシャルプラットフォームなのだということをご説明されていたと思うのですが、これは何を意味しているのでしょうか。

(Davy)
先程のプレゼンテーションでは二つ申し上げたかと思います。iPlayerというのは、既存のテレビやラジオの番組とは別のチャンネルとしての位置づけであり、すなわち、こうした番組コンテンツをiPlayerを通じて提供するものです。つまり、リサイクルであるということです。そして2つ目としては、BBCは確かにテレビ番組やラジオ番組を、こうした新しいチャンネルで提供しているわけですが、そのための“フルオンライン”でしているという状態にはまだなっていません。つまり、ブロードバンド、あるいはインターネットの特徴をフルに活用した、ユニークでかつ将来なコンテンツ提供という状態にはなっていないということです。
 さらに申し上げますと、単に、こうした番組コンテンツをリサイクルして楽しんでいただくということに加えて、将来的には、もっと社会的な経験もできようにしていきたいわけですが、これは、まだ先のことであることを説明いたしました。つまり、ご自分の友人が見ている、友人が興味を持っているようなコンテンツをiPlayerなどで、さまざまなユーザーの方々に視聴していただく。これは、ちょうどAmazonやそのほかのサイトなどで提供しているようなサービス形態です。

(鈴木)
2002年に日韓のワールドカップが日本と韓国で開かれたのですが、あのときに、グレッグ・ダイク会長が、デジタル化の関連で来日されました。彼はイギリス大使館でスピーチをしまして、その冒頭で、BBCは国内では民業圧迫をするなという批判に囲まれているということをおっしゃっていました。
 こうしたことが思い出されるわけですが、アンディさんのお話を伺っていると、BBCのインターネット事業については、日本ではNHKがインターネット事業に進出することに関していろいろと批判にさらされているのですが、イギリスではBBCがインターネットビジネスの水準を上げていく推進役として、国内でコンセンサスが得られているかのような感じがするのですが、実際はどのように見られているのですか。

(Davy)
そうですね。これは確かに簡単な話ではなくて、私どもも英国でさまざまな批判にさらされる立場にあります。多くの投資額となっていることもあり、どうしても市場に影響を与えたり、市場を歪ませたりするということはあり得るわけです。取り巻く会社や組織によっては、BBCのオフィシャルな活動が彼らの存続を危うくしているとか、あるいは影響を及ぼすと考えられているようです。これまでの伝統的なテレビ・ラジオサービスの分野以外の方にそうした批判はあります。
 一時は公共サービスの組織でありながら、オンラインのサービスを提供するということで批判もあったのですが、これは沈静化してきました。BBCがオンラインで特に国際的に高い評価を得ている、成功を収めているということで、やはりそれは非常に良い方向に働いていると思います。つまり、イギリスらしさといいましょうか、英国の良い点を世界に訴えかけるということで、英国だけではなくて、世界的に評価されているわけです。
 ちょっと具体的な例でお話ししたいと思います。BBCとしては、最近BBCローカルというものを提供しようとしておりまして、これはブロードバンド回線を使いまして、地方のニュースなどを提供するもので、政府による検査といいますか、レビューが行われています。やはり地方の新聞社などでは非常に懸念があるようで、そもそもインターネットのウェブサイトがあって、そしてビデオなども見られるというところで、さらにBBCが参入すると、新聞社などの存続が危ぶまれるということが懸念されているわけです。

(鈴木)
2001年にイギリスのハル市で、KIT(Kingston Interactive)がIP放送を始めて、そのときにVODがあり、ローカルニュースやローカル情報は非常に人気が高かったと記憶しています。これは、番組はそのまま見逃しサービス出すだけではなくて、ブロードバンドサービスとしての新しいコンテンツの開拓というのも必要かと思うのですが、こうしたことについては、どういうことを考えておられますか。

(Davy)
最初に、BBCというのは非常に注意深く規制をされておりまして、BBCトラストというBBC本体とは全く別の組織があります。この組織において、iPlayer等のコンテンツサービスライセンスの問題を取り扱います。この中では、BBCとして、これはやってよろしい、これは駄目、BBCオンラインであればこういったものはオーケーという検討がなされ規制が行われるわけです。
 私どもとしては、ぜひBBCローカルを立ち上げたいとは思っていますが、これはやはりBBCトラストを説得しなければならないわけで、当然、本社の方では市場への影響なども検討した上で決定を下すわけです。現時点ではまだ承認は得られていません。

(鈴木)
今日、非常に興味深い話の中に、去年まではBBCが何を見るかを決めたけれども、今年は人々が何を見るかを決め、来年は友人が決めるという、Web2.0的な発想だったと思います。私はあれを聞いていてもう一つ思ったのは、映像素材をBBCが視聴者に提供して、視聴者がコンテンツをいろいろと作り替える。マッシュアップなどいろいろなことをやって、結果として多様なコンテンツが出てくるということをBBCが促進するという道も公共放送としては十分あり得る道かと思うのですが、これについてはどうお考えなのでしょうか。

(Davy)
実はユーザーの方である程度いじれるようなBBCのアーカイブもレビューをしておりまして、実際に既にある程度は提供しています。つまり、BBCバックステージといいましょうか、データフィールドやAPI(Application Program Interfaceの略)などを活用した技術で、ユーザーとしてはGoogleやBBCの公開されているAPIなどを活用して非常に面白いコンテンツを作成する一種のマッシュアップということが言えるできるわけです。このように、既に一部BBCのサービスとしては行われていますが、ごくごく初期の段階とお考えいただきたいと思います。

(國重)
ありがとうございました。
このInter BEE公式インタビューは、BBCのフューチャー・メディア・アンド・テクノロジー局におけるボードメンバーのひとりとして、iPlayerなど、全てのプロジェクトを統括されているアンディさんの素晴らしい基調講演をフォローするために、NHK放送文化研究所の鈴木主任研究員をインタビュアーとして、BBCにおける放送と通信との連携・融合サービスに関するInter BEEの公式インタビューを行ってきました。
これまで、このインタビューでは、BBCがこれまで実践されてきた経験を踏まえて、新たなコンテンツサービスにおける「権利処理」、「配信コスト」および「有料/無料サービスの考え方」、さらには、放送と通信の連携・融合サービスにおけるBBCの先導的な取り組みとして「iPlayerのポジショニング」など、さまざまな具体的な事例を紹介して頂きました。先程のプレゼンの中で、新しいメディアビジネスを成功させるには、放送局の人たちが変わらなければいけないということがありました。加えて、そのためには、ワークフローも変えなければいけないという話がありましたが、このことは、放送事業者が、新たなコンテンツサービスを成功に導くための重要なポイントの一つではないかと考えています。今回の基調講演における具体的なプレゼンは、日本の放送事業者や電子情報産業界などが、今後の新たな放送・通信の連携・融合サービスを本格的に展開していく中で、さまざまな課題解決に十分に参考になる大変有益なものでありました。
それでは、これをもちましてInter BEE公式インタビューを終了させていただきたいと思います。アンディさん、鈴木さんありがとうございました。とりわけ、アンディさんには、基調講演と合わせて長時間にわたり貴重なお話をいただきありがとうございました。今後のBBCのさらなる発展をお祈りしております。

(Davy)
このたびは、Inter BEEの基調講演にご招待をいただき感謝いたしております。今後、放送と通信の連携・融合がさらに進展していくかと思いますが、こうした状況において、NHKなど、日本の放送事業者の方々における将来の新しいサービスでの成功をお祈り申し上げたいと思います。本当にありがとうございました(拍手)。

#interbee2019

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