【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】映画『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』 VFXスーパーバイザー ダン・レモン氏らインタビュー

2011.11.30 UP

写真1:『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』より
写真2:シーザーの演技力豊かな顔の表情

写真2:シーザーの演技力豊かな顔の表情

写真3:少年期のシーザー

写真3:少年期のシーザー

写真4:リアルなCGキャラクターの動き。Massiveを活用

写真4:リアルなCGキャラクターの動き。Massiveを活用

写真5:ゴールデン・ゲート・ブリッジのシーケンス

写真5:ゴールデン・ゲート・ブリッジのシーケンス

 映画史上に輝くSFの名作『猿の惑星』(1968)。それからほぼ半世紀を経て作成された『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』(2011)は、『猿の惑星』の衝撃的なエンディングのルーツを、現代の視点から探るというユニークな設定となっている。そして、それはまさに今日のCG技術があってこそ可能になったものだといえる。ここでは、本作品の驚愕のリアリズムを支えたVFXの全貌を、ウェタ・デジタル社のスーパーバイザーらとインタビューを通して紹介する。(倉地紀子)

(写真1 説明)
『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』
TOHOシネマズ 日劇他全国絶賛上映中!
コピーライト:© 2011 Twentieth Century Fox Film Corporation
配給:20世紀フォックス映画


■主人公”シーザー”の圧倒的なリアリズム「俳優の演技を生き写しに」
『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』には実にさまざまな映像的見所があるが、なんといっても最大の見所は、“主人公”にあたるシーザー(チンパンジー)の圧倒的なリアリズムだといえる。今回のストーリーでは、シーザーは人間並みの知性と感情を持った生き物であるという設定がなされており、単に“チンパンジー”してのリアリズムのみならず、主人公としての “人間的”魅力をも備えていなくてはならなかった。このような高度なリアリズムをつくりだすために、ウェタ・デジタル社は ”俳優の演技を生き写しにする“という方法論をとった。


■映画「アバター」で使用したヘッドマウンテッド・カメラを改善
 まず顔の表情に関していえば、同社が過去の数々のプロジェクトで作業を共にしてきた名優アンディ・サーキスの演技をキャプチャーするところから始まった。キャプチャー用のデバイスとしては、同社が『アバター』 (2009) で開発したヘッドマウンテッド・カメラというデバイスを、屋外の明るい環境にもうまく適応できるように改善したものが用いられた。このデバイスは、口の前にあたる部分に取り付けられたレンズで俳優の表情筋に沿って付けられたグリーン・ドットの変位をキャプチャーする。
 キャプチャー・データは、いったんAU(Action Unit)と呼ばれる顔の表情の単位ユニットに重み付け(モーションキャプチャーで入手した実際の顔の動きの変化量に対して、CGの顔にどのぐらいの変化を与えるかを、パーツごとに設定すること)をして足し合わせたものに変換される。AUは眉・目・口などといった顔の各パーツに対して設定されており、複数のAUに重み付けをして足し合わせることによって、各パーツの動きの特徴が近似できる。
 キャプチャー・データをAUに重み付けをして足し合わせたものに変換することによって、俳優の演技の特徴を際立たせたデータにアップデートできるというのがこの手法の利点だ。ただし、今回は俳優の演技をあてがうキャラクターが、人間とはかなり違った顔の動きのメカニズムをもったチンパンジーであっため、チンパンジー用のAUが別途作成され、キャプチャー・データを変換して得られた重みをチンパンジー用AUにあてがって、チンパンジーの顔の各パーツの変位が算出された。

 AUを用いたアプローチはもともと映画『キングコング』 (2005) で開発され映画『アバター』 (2009) でも活用されたが、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』では俳優サーキスの演技をできる限りダイレクトに反映させつつ、そこにチンパンジーらしい風情も加えるために数多くの試行錯誤が必要とされたようだ。


■インハウス・ツールで細やかな顔の動きを追加
 このようにして俳優の演技の特徴を掴み取った大雑把な顔の動きが作成されたら、次に筋肉や皮膚の変形をおこなうインハウス・ツールを用いて、より細やかな顔の動きが加えられた。物体の変形をおこなう技法は数知れず存在するが、ウェタ・デジタル社は有限要素法をベースにしたアルゴリズムを導入している。有限要素法を用いた変形シミュレーションでは、変形する物体のボリューム全体を小さな多面体に分割してその頂点における力の受け渡しを物理方程式によって記述し、これらの物理方程式を解いて物体の変形をおこなう。

 計算負荷は非常に重いが、物体の変形を扱う数々の方法論の中でも最も物理的に正確な手法とされている。さらにウェタ・デジタル社の変形シミュレーション・システムでは、上記のシミュレーションがレイヤー構造にも対応できるようになっていた。
 前述したAUは顔の各パーツの筋肉と関連づけられているので、各AUに対して算出された重みは、筋肉の動きをつかさどるための情報としても用いることができる。このような情報をもとにしてまずは筋肉の変形をおこなう。そしてこの筋肉の変形が、その上を覆っている皮膚の変形をひきおこすというしくみになっていた。ただし、時として皮膚は筋肉の上を滑るような動きもする。そこで、筋肉の周りを包帯のような膜で包んで、筋肉の上を皮膚がスライドする効果もつくりだせるようになっていたそうだ。


■進化した変形シミュレーション
 上記のような変形シミュレーションのベースは『アバター(2009)』で開発されたものだったのだが、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』ではこのシミュレーション・システムが2つの点で進化した。
 一点目は、キャプチャーした動きのリアリズムを高めるという目的だけではなく、“外界との干渉”を物理的に正確に表現する手段としても用いられるようになったことだった。この利点が生かされた代表例として、VFXスーパーバイザーのダン・レモン氏(Dan Lemmon)は、猿のシーザーが、育ての親である青年ウィルとの別れを惜しんで窓ガラスに顔を押し付ける場面を挙げている。ここは俳優サーキスの迫真の演技が光るショットで、その演技の旨みを最大点に生かしつつ、窓ガラスに押し付けられてゆがんだ顔のリアリズムも巧く表現する必要があった。
 前述したようにサーキスの演技は筋肉の動きを通して内側から皮膚の変形に作用する。その一方で窓ガラスとの干渉は、窓から受ける外力を皮膚に加えることによって、外側から皮膚の変形に作用する。このように内側と外側からの力を同時に作用させて高精度な変形シミュレーションを実行できるようにしたことが、このシーンのビジュアル的な成功につながったという。


■変形シミュレーションとシェーディングとの連動を可能に
 クリーチャー・スーパーバイザーのサイモン・クラッターバック氏(Simon Clutterback)は、 もう一つの進歩として、 変形シミュレーション・システムをシェーディング・システムと連動できるようにした点を挙げている。
 シーザーの顔には、数多くの非常に細かい皺がある。これらの皺を変形シミュレーションによって生成しようとすると、その計算は非常に複雑になる。そこで今回は、変形シミュレーションの過程で算出された皮膚の“伸縮力”の情報がシェーディング・システムに送られ、この情報をもとにしてシェーダーが皺の深さを決定して彫り込むという作業をおこなった。
 また、上記の皮膚の“伸縮力”は、皮膚の質感(色・艶・透明度など)を左右する物理パラメーターの値をシェーダーが決定するためにも大いに活用されたそうだ。このように、これまでは切り離されていた変形シミュレーションとシェーディングの工程をうまく連携させることによって、形状のディテールと質感との間の物理的な整合性を保ち、より高度なリアリズムをより効率的に作り出すことが可能になったのだそうだ。

(写真2説明)
 シーザーの演技力豊かな顔の表情をつくりだすためには、ヘッドマウンテッド・カメラを用いてアンディ・サーキスの演技をキャプチャーするという方法がとられた。そして、キャプチャーした顔の動きにさらなるディテールや外界との干渉の影響を補うためには、有限要素法を導入した筋肉や皮膚の変形シミュレーションが活用された。ただし、顔の皺に関しては、変形シミュレーションによってではなく、シェーダーを用いて生成された。皮膚の変形シミュレーションの過程では皮膚の伸縮をつかさどる力が算出される。シェーダーはこの力を読み取って皺の深さを決定した。このような変形シミュレーション・システムとシェーディング・システムとの連動によって、より物理的に整合性のとれたリアリズムを効率的につくりだすことが可能になったという。


■プロジェクト後半に新技術を考案・導入
 シーザーの皮膚の質感の作成では、ウェタ・デジタル社がSIGGRAPH2011の論文セッションで発表して大きな話題となったサブサーフェース・スキャンタリングに関する新技術も導入された。シェーダー・スーパーバイザーのイェルゼイ・ボイトビッチ氏(Jedrzej Wojtowicz)によると、この新技術が社内で考案されたのは『猿の惑星:創世記』のプロジェクト後半にあたる時期であったそうだが、考案されるやいなや従来のサブサーフェース・スキャンタリング技術が急遽この新技術で置き換えられることになったそうだ。それほどこの新技術はチンパンジーの皮膚の表現に適していたのだ。


■暗い部分と明るい部分が入り交じった皮膚
 チンパンジーの皮膚は、色味が暗く光の吸収率が高い部分と、色味が明るくトランスルーセント(半透明)な質感が顕著な部分が複雑に入り混じっている。前者の部分では、皮膚の内部に入り込んだ光はすぐに吸収されてしまうため、皮膚の奥深くまで入り込むことなく外に出てきてしまう。これに対して、後者の部分では、光は皮膚の内部で吸収されずに散乱を繰り返して、皮膚の奥深くまで入り込んでいく。サブサーフェース・スキャタリングのシェーダーは、皮膚の内部での光の散乱がつくりだす効果を計算するのだが、上記のような2種類の部分では対照的といえるほど異なったアルゴリズムを適用する必要がある。

 従来のシェーダーと比較して、新技術を採用したシェーダーでは、このような2種類のアルゴリズムの使い分けを遥かに容易にしている。チンパンジーの顔の皮膚のように別々のアルゴリズムを適用すべき領域が複雑に入り組んでいる場合には、この利点が大きな効力を発揮したようだ。
 また従来のシェーダーでは皮膚の表面の細かい形状の変化がサブサーフェース・スキャタリングの効果に及ぼす影響が打ち消されてしまいがちだったが、新技術を導入したシェーダーではこのような問題点も解消されており、数多くの細かい皺をもったチンパンジーの皮膚の質感をより物理的に正確に算出してそのリアリズムを大きく向上させることにつながったという。その一方で、今回は幼少から成人するまでのシーザーの成長をビジュアル的にわかりやすくアピールすることも大切な要素となっていたため、実際に成長の各段階にあるチンパンジーの顔がクローズアップで撮影され、これらをベースにして顔の各部分のテクスチャーや額・鼻・頬などの細かな毛が作成された。
 影の生成においては、これらの毛や前述した皺などの形状をトレース(追跡)する作業も加えられたそうだ。新シェーダーの開発のみならず、このようなテクスチャーや形状に関する細かい気配りがあってこそ、これまでにない精緻な皮膚の質感をつくりだすことが可能になったといえそうだ。

■ヘア・ボリューム内の光の散乱を計算
 毛のリアリズムも皮膚のリアリズムに負けず劣らず重要だと考えられており、この局面でも新たな技術が導入された。たとえば、ヘア・ボリューム内で散乱を繰り返す光の効果を物理的に正確に計算する技法などは、『アバター (2009)』の時期から育まれてきた技術的構想を本プロジェクトで初めて実用化することに成功したものであったそうだ。
 ヘア・ボリューム内の光の散乱の効果は、金髪のように明るい色の毛のリアリズムを高めるために威力を発揮するものとされている。当初はチンパンジーのような色の暗い毛に対してはそれほどドラマティックな効果をもたらすと期待されておらず、どちらかというと将来的なプロジェクトでの使用に向けたテストという意味合いが強かったようだ。

 しかし実際に使用してみると、チンパンジーをはじめとしてゴリラやオランウータンなど映画に登場する他の種類の動物の毛に対しても、微妙なリアリズムをつくりだすために大きく貢献できることがわかったという。さらに『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』では、ウェタ・デジタル社がSIGGRAPH2010で論文発表したPantaRayというライティング技法も活用されたのだが、今回はこの技法の鍵となっているGPUレイトレーサーを用いた前計算が環境光のオクルージョン(環境からの光がシーン内の物体によって妨げられるかどうかの判断)だけではなく、エリアライトに向かうシャドウレイにも適用できるように改良された。そしてこの改良によって、毛が密集した領域におけるソフトシャドウの計算を大幅に効率化することができたそうだ。


(写真3説明)
 チンパンジーの皮膚には、色味が暗く光の吸収率が高い部分と色味が明るくトランスルーセントな質感な顕著な部分が混在している。今回はこのような色味の暗い部分と明るい部分の質感の違いを際立たせて、よりリアルなチンパンジーの皮膚の質感をつくりだすために、SIGGRAPH2011で話題となったサブサーフェース・スキャタリングの新技術を導入したシェーダーが開発された。また、成長過程で見られる皮膚の質感の変化をうまくビジュアライズすることも重要な要素で、このためには実際に成長の各段階にあるチンパンジーの顔をクローズアップで撮影し、これらをベースにして作成されたテクスチャーの数々が活用された。額・鼻・頬の細かい毛に関しては、実際にそのジオメトリーが作成され、影の生成ではこれらをトレースする作業も加えられたそうだ。


■ロケ撮影と並行して役者の演技をキャプチャー
 ここまでは主に顔の表現を中心に紹介してきたが、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』では、体の動きに関しても、顔の場合と同様に、役者の演技をキャプチャーしてそのリアリズムを復元するという方向性がとられた。ただし、従来のモーション・キャプチャーが映画の撮影そのものとは切り離してモーション・キャプチャー専用のスペースで行われてきたのに対して、今回のモーション・キャプチャーはロケやセットの撮影現場で映画の撮影と並行して進めなくてはならなかった。このため、まったく新しいモーション・キャプチャーの方法論が導入された。


■新たなモーションキャプチャー手法を開発
 従来の光学式モーション・キャプチャーでは、光を反射する材質のマーカー(passive marker)が使用されており、特定の位置から特定の強さの光をマーカーに当てて、マーカーが反射した光を捉えるという方法をとっていた。しかしこれはあくまでモーション・キャプチャー専用のスペースでのみ通用する方法で、この方法を太陽光が照りつけ光を反射する物体が数多く存在する屋外の環境に適用することはできない。
 そこで今回は環境光と差別化できる光を放射するマーカー(active marker)に切り替えられた。具体的にいうと、これは赤外線を放つLEDの配列から成るマーカーで、このマーカーを身体に付けた役者の演技を、赤外の帯域の光のみを通して可視光をシャットアウトするフィルター(IR-pass filter)をつけて、カメラのシャッターを高速に切りながら撮影するという方法がとられた。

 LEDが光を放射するタイミングとカメラのシャッターの開閉のタイミングとはシンクロナイズしており、このように撮影をおこなうことによって、屋外のどのような照明条件のもとでも、マーカーの動きのみを鮮明に捉えることができるようになったのだそうだ。シーザーのみならず、前景から中景に登場するほとんどすべてのチンパンジー、ゴリラ、オラウータンといったCGキャラクターの身体の動きが、このモーション・キャプチャーで得られたデータをもとに作成された(遠景のCGキャラクターの動きの作成にはMassiveを用いた群のシステムが活用された)。


■移動式のカメラを用いて位置検出の精度を向上
 上記のキャプチャー方法で問題となったのは、マーカーを捉えるためのカメラの配置だった。マーカーの3D空間上の位置情報を正確に復元するためには、最低でも4つの異なったカメラ位置からマーカーを捉える必要があった。まずは撮影現場を取り囲んだ大きな壁にカメラの配列が取り付けられたが、CGキャラクターが激しく動き回るシーンでは、これらのカメラの配列だけであらゆるポーズを4つの異なったカメラ位置から捉えることは難しかった。
 そこで、足にローラーの付いた “T”字型のポータブルな撮影装置が作成された。この装置では“T”字の腕の両端にカメラが設置されており、腕の長さは自在にコントロールできるようになっていた。この装置一台でも2つの異なったカメラ位置からマーカーを捉えることができるようになっていたことが大きな利点で、壁や天井に設置されたカメラとこのポータブルなカメラ装置を併用することによって、自由度の高いキャプチャーを効率よくおこなえるようになったという。


■”史上最大”のモーション・キャプチャー撮影を敢行
 上記のような工夫が生かされた代表例として、VFXスーパーバイザーのダン・レモン氏は映画後半のクライマックスに登場するゴールデン・ゲート・ブリッジのシーケンスを挙げている。このシーケンスのためには、フットボール競技場ほどの広大な屋外セットがカナダのバンクーバーに造られ、このセットを用いて映画撮影と同時進行でキャプチャー作業がおこなわれた。おそらくこれまでの映画史上で最大のボリュームのモーション・キャプチャーであっただろうとレモン氏は語る。
 カメラの半数は、セットと取り囲む高さ20フィートのグリーンバッグに取り付けられた。これらのカメラの配列には、強い太陽光線や雨などの自然現象およびプラクティカルなエフェクト効果によってつくりだされた熱・塵・煙などからカメラのレンズを保護するためのシェルターも取り付けられていたそうだ。残りの半数のカメラは、前述した” T ”字型の装置に取り付けられた。このシーンでは車の間を縫って走るCGキャラクターの姿が非常にリアルに描き出されており、このような複雑な身体の動きをキャプチャーする上で、” T ” 字型の撮影装置は大きな効力を発揮したそうだ。


■壮大なスケールの風景をCGで構築し
 ゴールデン・ゲート・ブリッジのシーケンスでは、CGキャラクターのみならず、橋も、橋の周りに広がるサンフランシスコの湾岸一帯の風景も、海も空もすべてCGで作成された。前述したようにセットが造られたのはカナダのバンクーバーで、しかもこのセットには道路や歩道といったこのシーンの実写撮影に最低限必要な環境しか備わっていなかったからだ。
 FXスーパーバイザーのケヴィン・ロモンド氏(Kevin Romond)によると、このシーケンスは、ゴールデン・ゲート・ブリッジの崩壊やヘリコプターの墜落など、最も高度なダイナミック・シミュレーション技術が用いられたシーンでもあったという。橋の崩壊では、Bulletというオープンソースの剛体シミュレーション・エンジンをカスタマイズしたものが用いられるなど、様々な観点からのカスタマイズがおこなわれたそうだ。

 特記すべきは、崩壊していく過程で、物体が破片に分割するタイミングの判断を、従来のように乱数などを用いて無作為におこなうのではなく、シミュレーションの各タイムステップで算出される力や速度などをベースに物理的に正確におこなった点だという。これによって破壊が進行していく様子のディテールを、よりリアルに描き出すことが可能になったのだそうだ。


■海へ墜落するヘリをリアルに描いた流体シミュレーションの新機能
 ヘリコプターが海に墜落するシーンでは、Naiadという流体シミュレーション・エンジンの新機能(two-way coupling)が活用された。この新機能は流体と固体との間の相互作用を完璧にシミュレートするもので、ヘリコプターが海に墜落するという設定にこの機能を適用すると、ヘリコプターが海面に激突してつくりだされる海面表層部の変化だけでなく、ヘリコプターが海の内部に入り込んで海の水の塊との間で互いに干渉し合ってつくりだされるボリューメトリックな海面の変化まで物理的に正確に算出できる。
 このシーケンスの終りで、スクリーンの中央に大きく盛り上がって散ってゆく圧倒的な飛沫のリアリズムは、この新機能ならではの醍醐味が生かされた表現ともいえるのだ。

 ここでに紹介してきたのはあくまで一端に過ぎず、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』においては、数々のCGキャラクターの表現から彼らを取り囲む世界観の作成にいたるまで、現時点の映画VFXの常識を越える実に様々な新技術が導入された。大規模な映画プロジェクトにおいて確実性のない新技術を用いることのリスクは大きい。しかし、映画史を塗り変えたともいえる本作品の驚愕のリアリズムは、そのリスクを知りつつも、敢えて少し高めのハードルに挑んだチャレンジ精神の融和がもたらしたものともいえるのだろう。

(写真4,5 説明)
 チンパンジー、ゴリラ、オラウータンなどのCGキャラクターの身体の動きは、モーション・キャプチャーで取り込まれた動きとMassiveを活用した群にシステムを併用して作成された(写真4)。今回は身体の動き屋外の環境でキャプチャーする必要があり、そのために、赤外線を放つLEDの配列をコントロール・パックの中に並べたアクティブ・マーカーが使用された。ゴールデン・ゲート・ブリッジのシーケンス(写真5)では、車の間を縫うように激しく走りまわるCGキャラクターの動きをキャプチャーするために、T字形をしたポータブルなカメラ設置デバイスが活用されたそうだ。このシーケンスでは、キャラクターのみならず、橋やその周りの環境、車やヘリコプターなどの乗り物、霧や煙などのエフェクト、さらに破壊シミュレーションや流体シミュレーションなど、実に多くの要素がCGで作成されている。画像の車はすべてCGで作成されており、車体にCGキャラクターの身体が写り込む様子まで丹念に描き出されている。


【解説】FXスーパーバイザーとVFXスーパーバイザーについて
 FXスーパーバイザーとは「エフェクト・スーパーバイザー」のこと。煙・水・炎などのエフェクトをCGで作成する作業を統括する役割を果たす人をさす。
 本来、実写映画のVFX(ビジュアル・エフェクト)とはこのようなエフェクトのみで、
実際に爆薬などを用いて煙や火を作り出す作業をCGで置き換える作業が主であった。
しかし、今日では実写映画のVFXなるものの作業がCGアニメーション映画の作成さながらに細分化し、「環境」「キャラクター」「ライティング」「シェーディング」といった個々のプロセスに関してその部分を統括するスーパーバイザーが設置されるように
なった。”エフェクト・スーパーバイザー”もこのレベルのスーパーバイザーで「エフェクト」のプロセスを専門的に統括する人。
 そして、今日用いられている”VFXスーパーバイザー”とはこれらすべてのプロセスのまとめ役・監修役を指し、各プロセスのスーパーバイザーよりもワンランク上のレベルのスーパーバイザーといえる。監督と直接密にやりとりするのも、このVFXスーパーバイザーになる。

写真2:シーザーの演技力豊かな顔の表情

写真2:シーザーの演技力豊かな顔の表情

写真3:少年期のシーザー

写真3:少年期のシーザー

写真4:リアルなCGキャラクターの動き。Massiveを活用

写真4:リアルなCGキャラクターの動き。Massiveを活用

写真5:ゴールデン・ゲート・ブリッジのシーケンス

写真5:ゴールデン・ゲート・ブリッジのシーケンス

#interbee2019

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