【コラム】アカデミー賞視覚効果部門ノミネート選考会「ベイク・オフ」参加レポート 10本の候補作担当者がハイライトシーンの上映プレゼン オスカーのそびえるアカデミー財団試写室で開催

2014.1.21 UP

満席のベイク・オフ会場内

満席のベイク・オフ会場内

オスカーが両袖に鎮座するSamuel Goldwyn Theater

オスカーが両袖に鎮座するSamuel Goldwyn Theater

オスカー像の右に赤ランプが見える

オスカー像の右に赤ランプが見える

投票するメンバー

投票するメンバー

 1月9日(金)夜、第86回アカデミー賞/ Best visual effects(視覚効果)部門の"ベイク・オフ"(選考会)が行われた。
 ベイク・オフ(Bake-Off)とは、アカデミー賞候補の中からノミネート作品を絞る「選考会」のこと。 語源は、パンを焼き上げる製法から由来している。ノミネート作品の発表時期が近くなると、各部門を対象にしたベイクオフが連夜開催される。会場はビバリーヒルズにあるアカデミー財団の試写室、Samuel Goldwyn Theater。由緒正しき場所だけに、建物の入り口では、手荷物検査等のセキュリティー・チェックが行われる。そして受け付けで氏名や所属先を記入し、3Dメガネを受け取り、ようやく中に入ることができるという、なかなか厳重な警備体制である。
 建物の2階にある試写室は、いかにもアカデミー財団らしい立派なものだ。中に入ると、まずその豪華な内装に目を奪われる。ステージの両脇には、3m程の巨大なオスカー像がそびえ立っている。
 ベイク・オフには、実際に投票をするアカデミー会員に加え、実は一般人も無料で参加できる。ただし、一般人は先着順なので、開場(19時)の1時間くらい前から列を作って並ぶわけだ。試写室はスクリーンの正面エリアの座席が白いロープで囲まれ、ここがアカデミー会員専用座席として確保されている。一般人はそれを取り囲むように着席する形となる。ベイク・オフの模様を報告する。(鍋 潤太郎)


■さながらVFX業界の同窓会
 「一般人」とはいえVFX業界の関係者が多い。自分が担当した作品や、所属するスタジオが参加した映画がノミネート候補に入っているため、その応援に来ているというのが殆どである。その関係で、場内のいたるところに知った顔がある。ベテランの人になればなるほど、昔の知り合いが増えてある種、同窓会のような雰囲気になる。
 そのため、開演時間になっても、通路で握手をしたり、抱き合っては肩を叩き合ったりして、久しぶりの再会を喜ぶ人が後を絶たず、「お気持ちはわかりますが、試写が始められないので、いい加減、席についてくださいね~(笑)」というアナウンスが流れる程の盛り上がり。これも、"ベイク・オフ"の風物詩の1コマと言えるだろう。

■制限時間内でプレゼン+質疑応答 10本中3本が3D上映
 さて、この日は、約3時間近くをかけてノミネート候補作品のVFXハイライト・シーンを編集したプレゼン・リールが、各作品毎に順次巨大スクリーンでデジタル上映され、アカデミー会員による審査員投票がその場で行われた。各作品の上映前には、VFXスーパーバイザーがステージ上で解説を行い、そして上映後には質疑応答が行われる。進行をオンタイムで円滑に進めるため、解説と質疑応答にはそれぞれ時間制限が設けてある。ステージの左端には「アカデミー名物」の赤い裸電球を据え付けたがスタンドが立っており、一定時間が経過するとこれが点灯するようになっている。つまり、赤ランプが灯いたらステージ上の講演者はスピーチを終えなければならないという決まりなのだ。
 この日、上映された候補作品の10本のショットリストと、プレゼンテーションの概要は次の通り。今回は10本中3本が3Dプレゼンテーションだったが、うち「ホビット」だけは3D&48コマ/秒での上映となった。

■アカデミー賞視覚効果部門ノミネート候補作品

【ホビット 竜に奪われた王国】
(2013年12月米国公開、ピーター・ジャクソン監督、原題「The Hobbit: The Desolation of Smaug」)[3D&48コマ/秒 上映でのプレゼン]
 VFXはWeta Digital。ドラゴンのフェイシャル・アニメーションに細心の注意を払った。クモに襲われるシーンは立体映像を意識したカメラワークや演出を強調している。1作目から48コマ/秒で作業しているが、物理的な面ではコマ数が増え、レンダリングやストレージ面では苦労した。VFX現場が48コマになって苦労した点と言えば、アニメーション・カーブのコントロールがより微妙になり、作業の手間が増えたことが挙げられる。

【スター・トレック イントゥ・ダークネス】
(2013年5月米国公開、J・J・エイブラムス監督、原題「Star Trek Into Darkness」)[3D上映でのプレゼン]
 VFXベンダーは、ILMを筆頭にPixomondo、Atomic Friction、Kelvin Opticalの4社にまたがった。
 冒頭の惑星ニビルのシークエンスや未来のサンフランシスコでの乱闘シーンなど、多くのアクションシーンでIMAXカメラによるフィルム撮影(70mm15P)が行われた。エンタープライズが海中から浮上するシーンでは、流体シュミレーション・エンジンを開発した。その後に制作したパシフィック・リムではその改良&最新版が使用されている。

【ゼロ・グラビティ】
(2013年10月米国公開、アルフォンソ・キュアロン監督、原題「Gravity」)[3D上映でのプレゼン]
 VFXはフレームストアが担当。”リアリティ”にこだわった。「幻想的」だとか、「見た目が美しい」とかそういう宇宙でなく、NASAが提供する画像のような「人々が見慣れた、本物の宇宙」ルックにする必要があった。「無重力」の撮影は、12本のワイヤーから成るリグで俳優を吊って動きをコントロールするというクラシカルな手法で、それにロボット・アームにマウントしたモーション・コントロール・カメラ、LEDパネルに映像を映した"Light Box"から俳優に反射する光によって宇宙空間での照明を演出するなど、新旧のVFXテクニックの組み合わせとなった。破壊のRBDシュミレーションはBulletとMAYAによるもの。

【アイアンマン3】
(2013年5月米国公開、シェーン・ブラック監督、原題「Iron Man 3」)
 ポストプロのスケジュールが短かめだったという事情もあり、チャレンジの連続だった。今作はスーツの種類が41もあり、その多くがフル・デジタルだった。ヒーロー・スーツが登場するショットだけでも500以上に及んだ。VFXベンダーはデジタルドメイン, Weta Digital, Trixterなど8つの異なるスタジオによって制作された。立体視は後処理で、ステレオ変換はStereoDが担当。

【エリジウム】
(2013年8月米国公開、ニール・ブロムカンプ監督、原題「Elysium」)
 「第9地区」のニール・ブロムカンプ監督とImage Engineの再コラボ。Image Engineがスペース・コロニーの基本的な骨格構造を、Whisky Treeが・コロニー内の建物や景観を担当。他にも複数のVFXベンダーが参加している。レンダリングにはArnoldを多用している。特にコースティックスの表現でそれが顕著に出ている。スペース・コロニーのシーンに登場している全ての木、膨大な建築物は全部がきちんとモデリングされており、2Dによるごまかしは使用していない。ちなみに、VFX作業及びデジタル・マスターは4K。

【ローンレンジャー】
(2013年7月米国公開、ゴア・バーヴィンスキー監督、原題「The Lone Ranger」) 
 複雑なアクション・シーンが多く、プリビズをフル活用した。山岳地帯を走る鉄道でのアクション・シーンは俳優以外はデジタル・エンバイロンメント。俳優はブルーバックで撮影し、合成している。蒸気機関車は、1860年代型の現存しないモデルなので、撮影用にフルスケール・モデルも作った。序曲「ウィリアム・テル」が流れるシークエンスでの機関車とエンバイロンメントはフルデジタル。主要VFXベンダーはILM、MPCで、他にも数社が参加している。

【パシフィック・リム】
(2013年7月米国公開、ギレルモ・デル・トロ監督、原題「Pacific Rim」)
 ギレルモ・デル・トロ監督の要望により、カイジュウには実写映画さながらの細かい「演技指導」が入った。VFXは1566ショットにも及んだ。殆どのVFXショットではカイジュウ、ロボット、地面もしくは海面などが複雑に絡み合うため、流体シュミレーションのレイヤー数も膨大となった。そのためILMではKatana、Arnold 、そしてHoudiniが絡む制作環境をより効率化するためにパイプラインを再構築した。レンダリングには最近ハリウッドで流行のArnoldを使用。また、スケール感&重量感を出すため、流体シュミレーションの時間軸を調整して、巨大感を出している。

【マイティ・ソー/ダーク・ワールド】
(2013年11月米国公開、アラン・テイラー監督、原題「Thor: The Dark World」)
 北欧神話をベーにした作品の続編ということもあり、今回もモンスター、宇宙船、流体シュミレーションなど多彩なエフェクトが登場する。撮影はロンドンやノルウェーで行われた。主要なVFXはダブル・ネガティブが担当しているが、ブラー・スタジオやメソッド・スタジオもVFXに参加している。

【オブビリオン】
(2013年4月米国公開、ジョセフ・コシンスキー監督、原題「Oblivion」)   
 「トロン:レガシー」のジョセフ・コシンスキー監督とデジタル・ドメインの再コラボ。ピクソモンドもVFXに参加している。フルデジタルのショットが多いこの作品では、コンセプト・デザインをベースにリアルな世界観を表現。今回ユニークな試みとしては、スカイタワーの撮影時に、セットを取り囲む半円型のスクリーンへ、21台のプロジェクターによって映像を投影。このプロント・プロジェクションの映像を背景として利用し、またスクリーンからの反射光を照明効果として利用した。

【ワールド・ウォーZ】
(2013年6月米国公開、マーク・フォスター監督、原題「World War Z」)
 監督は「驚異的な量とスピードのゾンビ」にこだわった。デジタル・クリーチャーの”ゾンビらしさ”を強調するのに苦労。特に群れを成すと普通の人間と区別しずらく、テクスチャーや動きなどを誇張したりもした。蟻の大群のような動きも求められた。その結果、多少アニメーションがおかしくても荒が目立たないという利点に恵まれた(笑)VFXはILM,MPCそしてCinesite等が参加している。

■5本のノミネートが選出 3月2日に授賞式
 以上10本のノミネート候補作品は、2013年に公開された膨大な本数のハリウッド映画の中から審査をくぐり抜け選ばれてきただけのことはあり、どれも甲乙付けがたい完成度であった。1週間後の1月16日の朝5時、同所で第86回アカデミー賞の全カテゴリーにおけるノミネート作品が発表された。なぜ朝5時なのかと言えば、東海岸との時差が3時間あるため、NYの朝8時にあわせてのアナウンスとなるわけだ。
 その結果、今年の視覚効果部門は、上記10本の中から最終的に下記の5本がノミネート作品として選出された。

【アカデミー賞 Best visual effects ノミネート作品】

「ゼロ・グラビティ」

「ホビット 竜に奪われた王国」 

「スター・トレック イントゥ・ダークネス」 

「アイアンマン3」

「ローンレンジャー」

 この後、アカデミー会員の最終投票を経て最終的に1本だけが選ばれ、3月2日(日)に開催される第86回アカデミー賞の授賞式で表彰が行われる。
 個人的には「パシフィック・リム」がノミネートされなかったことに大きな驚きを覚えたが、最終的にどの作品がオスカー像に輝くか、今から楽しみである。

満席のベイク・オフ会場内

満席のベイク・オフ会場内

オスカーが両袖に鎮座するSamuel Goldwyn Theater

オスカーが両袖に鎮座するSamuel Goldwyn Theater

オスカー像の右に赤ランプが見える

オスカー像の右に赤ランプが見える

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