【NEWS】デジタル・ドメイン 映画VFX制作の大部分をバンクーバーへ移管 カナダ各州間で「TAXクレジット戦争」勃発

2013.6.18 UP

ベニスのデジタルドメイン本社

 デジタル・ドメイン(DD、本社・米カリフォルニア州 ベニス/ロサンゼルス)は、拠点であるベニス本社の映画VFX部門を年内をメドに縮小し、映画VFX制作業務の大部分を同社バンクーバー・スタジオ(カナダ)へ移管する。これは、全クルーを対象とした緊急カンパニー・ミーティング(現地時間6月13日16時に実施)で明らかにしたものだ。ただ、テレビコマーシャル向けVFXの受注及び制作は、これまで通りロサンゼルスで継続される。(鍋潤太郎)

■DDが苦渋の決断
 このニュースは、同社による公式発表こそ行われていないものの、関係者による「つぶやき」やSNSによって、またたく間に業界中に広まった。西海岸のVFX業界は大きな衝撃を受け、VFX業界に従事している人々は落胆の色を隠せないでいる。
 筆者が関係者へ取材したところ、DDの本社は年末までに大規模なダウンサイジングを実施し、ベニスから5マイル離れた、同社コマーシャル部門が入居しているプラヤ・ビスタにある建物への移転を計画しており、ここに経営及び営業関連部署とコマーシャル部門を残す予定だという。また、映画VFX部門のうち、一部は同所に残ると見られている。

■ベニスにおける20年の歴史に幕
 すでに映画VFX部門のスーパーバイザーやリード・クラスのクルーには、バンクーバーへの転勤を促す動きが出ているという。これにより、1993年の設立以来「アポロ13」「タイタニック」「軌跡の輝き」「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」「トロン:レガシー」「アイアンマン3」等のハリウッド大作映画のVFXを手掛けてきたDDは、創立20周年にしてベニス本社での映画VFX部門の歴史に”ひとまず”幕を降ろす形となる。

■カナダBC州のTAXクレジットがハリウッドに大きな影響
 この背景には、カナダのバンクーバーを有するBC(ブリティッシュ・コロンビア)州が、テレビ&映画産業向けに2006年頃から強力に推し進めている大規模なTAXクレジットがある。
 「バンクーバーでポストプロをすると、人件費に費やした制作費のうち、3割弱が税金として還付される」「撮影からポストプロまでのすべてを行うと、更に大きなアドバンデージが得られる」などといった、大胆な税優遇制度に、ハリウッドのメジャー・スタジオは飛びついた。
 その結果として、ハリウッドのお膝元であるはずの、LAは窮地に立たされることになった。

■メジャー・スタジオが加BC州での制作を強く要求
 DDは昨年9月の倒産&売却という一連の騒動から立ち直り、小馬奔騰(中国)とリライアンス・メディアワークス(インド)傘下のVFXスタジオとして再スタートを切った。しかし、クライアントであるハリウッドのメジャー・スタジオは、膨大な還付金が得られるTAXクレジット実施地域でのVFX制作を強く要求。この要求に応えずして生き残る道はなかった。
 DDでは4月~5月に「アイアンマン3」「ブラックスカイ」の納品を終えた後、「マレフィセント」(2014年全米公開予定)「エンダース・ゲーム」(11月全米公開予定)等の映画プロジェクトが追い込みに入っているが、6月の段階では夏以降の次期プロジェクトがまだ確定しておらず、現在はビッティングに余年がないという。ビッティングによってプロジェクトを勝ち取るためには、TAXクレジットの恩恵に預かれる地域でのプロダクションが不可欠だ。

■ベニス一帯がGoogleオフィスに
 また、賃貸契約が年内に満期を迎えるベニス本社を含む近隣一帯の建物がGoogleに買収されたという事情も重なった。これにより賃貸契約を更新する事が叶わず、本社を移転しなければならないという結果となった。現在DDの本社が鎮座するスタジオ・スペースは、来年にはGoogleの看板が掲げられることになる。
 そこで、オフィス・スペースの移転及びダウンサイジングの必要性と、クライアントであるメジャー・スタジオの強行な要求に服従せざるを得ない形で、映画VFX制作の大部分をバンクーバーに移管する事が苦渋の選択として決定されたと見る向きが強い。いずれにせよ、心が痛むニュースである。

■カナダ各州間で「TAXクレジット戦争」が勃発!?
 VFX業界に限らず、ハリウッドの映画関連業界は、一連のTAXクレジットによって苦しみを与えられ続けている。筆者が3月にレポートしたように、地元ロサンゼルスでは撮影件数が激減し、ロケーション業界にも大きな打撃を受けている。「TAXクレジット問題」は、ここに来て新たな「参戦者」が加わり、さらにやっかいな「TAXクレジット戦争」になろうとしている。
 バンクーバーに対して、最近ではカナダのオンタリオ州とケベック州が、BC州に”戦線布告”。
 現在BC州では制作費のうち人件費の3割弱がTAXリターン(日本で言う年末調整)で還付される。例えば、100万ドルのプロジェクトでは、後で37万9千ドルが還付される。これに対抗してオンタリオ州では、100万ドルのプロジェクトで、43万7千ドルが還付される。ケベック州に至っては、50%を超える57万2千ドルが還付される。
 このようにBC州よりも還付率の高いTAXクレジットや、人件費のみならず制作費全般に対する還付プラン等を打ち出し、ハリウッド映画のプロジェクト誘致に乗り出した。文字どおり「TAXクレジット戦争」が勃発しているのである。
 これによって、すでに多数のプロジェクトがオンタリオ州とケベック州に流れ、今度は「バンクーバー/BC州での撮影件数が大幅減している」という報道もある。BC州では、これに対抗するべく、更に高い還付率を認める法案を検討中だという。
 「制作費を高利率の税金で還付する」という大胆な税制優遇は、VFX業界のビジネス・モデルを破壊し、大きな弊害を引き起こしている。

■壊れた「生態系」
 このように、無謀とも言える「TAXクレジット戦争」は未来永劫続くわけはなく、ひとたび制度そのものが廃止されれば、現地で大レイオフや混乱を引き起こす事は目に見えている。
 これは、自然界に例えると「生態系が壊れた状態」といえるだろう。早く手を打たなければ、世界レベルでVFX業界は総倒れになってしまうだろう。もちろん日本とて例外ではない。東京のプロジェクトが、カナダに流れてしまうことも考えられるのである。実際、その動きは少しづつだが、始まりつつある。
 このような状況に何もできず、ただ傍観しているのは忸怩たる気分だ。筆者にも何かできることはないだろうか? とただただ自問する今日このごろである。

※注「ビッティング」:映画制作会社向けのVFX制作コンペへの参加のこと。各社のデモリールや、ビッティング用に作ったテスト映像などをプレゼンし、見積もりを提示する。クライアントは、クオリティと価格面から、どのVFXベンダーを選ぶかを決定する。最近では、ビッティングの段階でTaxクレジット(=Taxインセンティブとも呼ぶ)を実施しているエリアでのVFX制作を要求されることが多く、そのために制作費がどんどん下げられており、R&Hが破産に至った主原因となった。

#interbee2019

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