MIPCOMカンヌ2025現地レポート: YouTubeが主役に──再構築を映した“共創”のTVコンテンツ国際市場
ジャーナリスト 長谷川 朋子
フランス・カンヌ秋恒例のTVコンテンツ国際流通マーケット「MIPCOM2025」(主催:RXフランス社)が10月13日から16日まで4日間にわたって開催され、今年も現地を取材した。
YouTubeの初出展が大きな注目を集め、“共創”と“再構築”をキーワードに、107の国と地域から1万人超が集結。放送と配信がせめぎ合いながら、ビジネスモデルの進化が問われるなか、テレビ産業の新たな現実が浮き彫りになった。
出展者数350社のうち、88社が初出展
今年のMIPCOMは、テレビ産業が次のステージへ踏み出す節目の年となった。創立20周年を迎えたYouTubeが初めて出展し、広告ブランド資金によるコンテンツ開発やクリエイター・エコノミーが話題の中心となった。放送と配信勢、個人クリエイターが同じ市場空間で交わる、“再構築”の現場が広がった。
主催するMIPCOMマネージング・ディレクターのルーシー・スミス氏は最終日直前に控えた15日開催のプレスカンファンレスで、「今年はクリエイター・エコノミーをマーケットの中心に据え、放送と配信の枠を超えた協業が具体的な成果として見えた年だった」と総括した。参加者は107の国と地域から1万600人を超え、例年並みを維持。出展社は350社に上り、うち88社が初出展を果たした。
国別の参加者はイギリスが最も多く、次いでアメリカ、フランス、ドイツ、トルコ、カナダ、スペイン、イタリア、日本、韓国の順となった。日本からは総務省など政府関係者、NHK、民放局各社、制作・配給会社など日本の参加者数は200人強と、アジアで最多規模だった。
バイヤーは3340人に達した。スミス氏によると、「あらゆる国と地域から新規のバイヤーが増えたとういう印象が強い。ストリーミングプラットフォームのバイヤーも増加しているのは間違いない」という。販売・流通分野の商談も熱気を帯び、「世界最大級のTVマーケットとしての存在感」を改めて示していた。
恒例のプレイベントとして位置付けられるキッズコンテンツ向け「MIP JUNIOR」は今回からMIPCOMと同様の会場のパレ・デ・フェスティバルで開催するなどリニューアルを図り、10月11日(土)と12日(日)の2日間開催で60の国と地域から940人が参加した。昨年より参加者数は50人減となったが、「MIP JUNIOR」でもYouTubeが主役となって、公式スポンサードしたセッションやネットワーキングなど盛り上がりを見せた。
「業界の変化に連動して進化したイベントを開催することができ、新たな活気を確かに感じた」と、スミス氏は振り返り、MIPCOM全体に広がる産業再編の潮流を示唆した。
TVの未来はひとつではない
これまで、世界に販路を持つ売り手が市場をけん引し、放送局発スタジオが脚光を浴び、Netflixが話題の中心に立つなど、新たな風が常に吹いていた。だが、TVコンテンツ流通マーケットでYouTubeが顔となったことは、エコシステムの大きな変化を象徴している。
初日のキーノートを飾ったのは、YouTubeのEMEA地域ヴァイスプレジデント、ペドロ・ピナ氏とイギリスBBCスタジオのデジタル担当シニアヴァイスプレジデント、ジャスミン・ドーソン氏、そしてメディアストラテジストのエヴァン・シャピロ氏。この3人が並んだ登壇は、いまのTV流通マーケットの姿を映し出していた。まさに、クリエイターとの新たな共創やファンダム構築が鍵を握る時代にある。リビングルーム視聴を含むテレビ画面でのYouTube視聴比率は73%に達し、「YouTubeはもはやテレビそのもの」というメッセージが、MIPCOM全体に強いインパクトを与えた。
この変化を理論的に示したのは、Ampere Analysisのエグゼクティブ・ディレクター兼共同創業者、ガイ・ビソン氏によるセッション「Facing the New Content Reality: The Future of TV, Streaming and Social Distribution(=テレビ、ストリーミング、ソーシャルが交錯する新たな現実)」だった。ビソン氏は、巨大なYouTubeロゴがテレビ局やNetflixのロゴを飲み込むスライドを示しながら、「TVの未来はひとつではない」と語った。ストリーミング、ソーシャル、ゲーム、音楽など異業種が交わる「Diagonal(=垂直でも水平でもない“斜めの統合”)」が今後の成長の鍵になるとし、放送局がこの変化に対応しなければ、視聴者・広告収入・若年層を同時に失うリスクを指摘した。
背景には広告単価(CPM)の不均衡がある。グローバルプラットフォームの台頭によって制作費は高騰する一方で、広告価値を維持できるのはYouTubeなど一部のプラットフォームに限られる。ビソン氏は「変化はこの業界の常。過剰に反応するのではなく、バランスの取れたパートナーシップで価値を守るべきだ」と締めくくった。
一方、シャピロ氏は自身の「Media Universe 2025」マップで、世界のメディア勢力と視聴者構造の変化を可視化した。Apple、マイクロソフト、Amazon、Alphabetといったテック企業が時価総額上位を独占する現状を示したうえで、世界のメディア構造がいかに再編されつつあるのかを指摘した。その一例として、フランスのトップクリエイターが大手映画配給会社と提携し、エベレスト登頂ドキュメンタリー『Kaizen: 1 year to climb Everest』を制作、大ヒットした事例を紹介。「これこそがクリエイターと主流メディアの融合だ。もはやすべてのコンテンツが従来の意味でのテレビ放送向けに作られるわけではない。複数のスクリーンを横断する戦略を考えねばならない」と語った。
さらに「世界人口の6割以上が40歳未満。次の視聴者は生まれながらにマルチプラットフォームを前提に生きている」と指摘し、テレビ産業がこの文化圏と交わらなければ未来を失うと警鐘を鳴らした。
Ampereのビソン氏が構造を、シャピロ氏が世代を、異なる角度から照射した2つの分析は、どちらも“境界を越えなければ生き残れない”という現実に行き着く。放送と配信の区分はすでに曖昧になり、コンテンツとコミュニティ、メディアとプラットフォームが融合していく流れが止まらない。
MIPCOMディレクターのスミス氏が「変化には必ずチャンスが伴う」と語ったように、2025年のMIPCOMは危機ではなく、再生の兆しを映すマーケットとして捉えることができる。テレビ産業は今、YouTubeとソーシャル、企業ブランドとストーリーテリングが交差する“共創の時代”を迎えている。
会場を行き交っていたのは、新参者の姿と、長年このマーケットを見続けてきた顔ぶれ。交錯する人々から変わらぬ熱気が伝わってきた。テレビというビジネスを支え、進化させてきた参加者たちのまなざしの中に、この業界の未来が見えた。