Inter BEE 2021

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Special 2025.05.13 UP

塚本幹夫氏のNAB Show 2025レポート「脱放送か、迷走か。 NAB=全米放送協会が主催する“非放送化”」

境 治 Inter BEE 編集部

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NABのPresident & CEO カーティス・ルジェット氏(撮影:塚本幹夫氏)

今年も4月5日から9日まで米国ラスベガスで開催された全米放送協会によるNAB Show。その現地取材レポートがInter BEEの主催で開催され、映像新聞論説委員の杉沼宏司氏と、株式会社ワイズメディアのメディアストラテジスト塚本幹夫氏がオンラインで講演した。ここでは塚本氏の講演を記事にして紹介する。放送局での幅広い経験を持つ塚本氏の目を通して、2025年米国放送業界の最新動向が伝わるホットなレポートだった。
今年のNAB Showの出展者数は1,100社。来場者の53%が初来場者というのが今年の特徴で、従来の放送関係者が減少し他ジャンルからの参加者が増加している傾向が見られたという。
(メディアコンサルタント・境 治)

今年注目のアジェンダ「クリエイターエコノミー」

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塚本氏の講演資料より

今年、主催者が掲げたテーマは「ストーリーテリングの規模拡大」(Storytelling at Scale)。そして5つの主要トレンドとして「AI」「クラウド・仮想化」「クリエイターエコノミー」「スポーツ」「ストリーミング」が挙げられた。
特に注目すべきは、NABとして「クリエイターエコノミー」への投資を公式に発表し、「クリエイター評議会」を設立したことだ。著名なクリエイターやオピニオンリーダー5名をメンバーに選出し、クリエイターのビジネス支援のための戦略策定やガイダンスを提供するという。
NABのCEOカーティス・ルジェット氏によると、ハリウッドとクリエイターエコノミーのコラボレーションの場を提供することが目的。背景には、ローカル局とのコンテンツ上のコラボレーションを推進して若い世代をローカル局に引き込み、ハリウッドとクリエイターを繋げることでGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)に対抗しようという思惑があると塚本氏は分析する。
放送局の団体がクリエイターエコノミーに注力することは異例だが、視聴者の高齢化が進む中、若年層に支持されるクリエイターとの連携は新たな視聴者獲得の戦略と考えられる。

AIによる作業効率化と、クラウド化がノーマルに

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塚本氏の講演資料より

展示会場では、AIが全ての製品に当たり前のように組み込まれ、もはや特別な機能ではなく基本機能として溶け込んでいる状況が見られた。特に多言語対応のリアルタイム字幕生成など、コンテンツの世界展開を意識した技術が目立った。
AWS(Amazon Web Services)はクラウドの総合的な展示を行い、特にスポーツ向けのライブクラウド制作に力を入れていた。仮想F1レース会場を設置し、複数カメラの映像をIP伝送で集約、現場の人員を最小限にして全てクラウド上で処理・配信するデモが紹介された。
Adobeは、AIをフル活用したポストプロダクションの進化を示し、映像のメタデータをAIで解析して条件に合った映像を一括検索・表示する機能や、撮影した動画の前後をAIで再現する「生成拡張」機能などを展示していた。
伝統的な放送機器メーカーも進化を見せており、ソニーはカメラをパソコン上でリモート操作するシステムや、マーカー不要のバーチャルプロダクションシステム、審判サポートシステム「ホークアイ」のNFL採用などを発表した。
パナソニックは「イノベーションとインパクト」をテーマに、AIで顔認証してPTZカメラが複数の出演者を自動追尾するシステムや、クリエイターエコノミー向けのLUMIXカメラを展示。キヤノンもスポーツ中継向けの122倍ズームレンズと、ライブ配信ボタンを搭載したクリエイター向けミラーレスカメラの両方を紹介し、プロからアマチュアまでの幅広いニーズに対応する姿勢を示した。

ライブストリーミングはスポーツ中継を進化させる

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塚本氏の講演資料より

アメリカのテレビ局にとって、スポーツ中継は最後の砦とも言える重要なコンテンツだが、特にNFLは放送局の独壇場。全米のテレビ局の年間視聴率トップ100の90%がNFL関連番組という状況が、その重要性を物語る。しかし、ライブストリーミング技術の進化により、この状況も変わりつつある。Amazonが一部のNFL放映権を取得して中継を始めるなど、配信プラットフォームの参入が進んでいるのだ。
NAB Showでは、この流れに対応するかのように、スポーツ中継技術の進化が目立った。先述の、AWSのライブクラウド制作システムやソニーのホークアイシステムはその最たる例だ。
ファンエンゲージメントを高めるための技術も多数展示され、選手の動きのアニメーション化や、生成AIが自動で解説を作成する技術は、視聴者体験を大きく向上させる可能性を秘めている。これらの技術は、単に放送品質を向上させるだけでなく、視聴者とスポーツの新しい関係性を構築する可能性を持っている。日本の放送局にとっても、様々に活用できる技術として注目に値する。

NABが示した政策アジェンダ、その中のATSC3.0につく疑問

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ATSC3.0の展示ブース(撮影:塚本氏)

今年のNABの主要な政策アジェンダとして、以下の3点が挙げられている。
1. 放送局所有権規制の近代化(実質的には撤廃):全国にテレビ局を持てるようにすることで、GAFAMに対抗するパワーを得ようとしている。NABの会員8,700社の中でも、ネクスター、グレイ、シンクレアなどのステーショングループが買収を重ね、ネクスターは約200局を所有するまでになっている。
2. 全ての車両へのAMラジオチューナー搭載義務化法案:災害時のアクセスを理由に、全ての自動車へのAMラジオチューナー搭載を義務付ける法案を推進している。共和党・民主党を問わず多くの賛同を得ているとのことだ。
3. 次世代放送方式ATSC3.0の推進:高画質・高音質、IP伝送方式によるインターネットとの連携、ターゲティング広告や災害情報などのインタラクティブサービスを実現できる次世代放送方式ATSC3.0を推進しているが、受信機の普及が課題となっている。

特にATSC3.0については、塚本氏は厳しい見方をしていた。放送エリアが広がり、ステーショングループが積極的であっても、ケーブル受信が一般的だったところへアンテナを立ててATSC3.0対応チューナーを用意するハードルは高く、一般のアメリカ人にはほとんど認知されていない状況だ。アメリカでは「コードカッティング」の流れが強まり、Netflixなどの配信サービスだけを視聴する傾向が強まっているため、地上波4K放送の展望は厳しいと言わざるを得ない。

さて、塚本氏のレポートには実際に触れてみたいテクノロジーが多々あった。その中には、11月に開催されるInter BEEで展示されるものも数多くあるだろう。この記事を読んで高まった期待を胸に、ぜひ幕張へ!

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