Inter BEE 2024 幕張メッセ:11月13日(水)~15日(金)

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Special 2021.09.15 UP

【Inter Bee CURATION】多言語対応、国別コンテンツ提供で 楽しませたEurosport

稲木せつ子 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2021年10月号からの転載で、ウィーン在住の稲木せつ子氏がヨーロッパでのオリンピック視聴の最新事情をレポート。ここにも配信の波が押し寄せています。ぜひお読みください。

欧州で2億7500万人が視聴

 東京五輪が終わり、日本では改めて開催の功罪が問われているのかもしれないが、欧州市民は、観客として日本のスタジアムを訪れる機会を失ったものの、素晴らしい映像を通じて競技を堪能した。アメリカメディアには、大会の特異性を強調した総括もあったが、欧州の評価は概ね好意的だった。

 特に放送局は、自国選手を間近で中継したこともあり、思い入れが強い。ドイツ公共放送・ARDのスポーツ局長は、肩の怪我を克服して決勝戦に挑んだウォルフラム選手(男子飛び込み7位)の試合後のインタビューに言及。涙を流しながら「メダルは取れなかったが私は勝者だ」と胸を張った選手の姿に、「これを見た人であれば、誰もが五輪の大義に納得しただろう。大会はメダル獲得競争でなく、五輪を目指して研鑽を積んだ選手の喜びのためにある」と異例の論説をネット公開した。そのうえで、堅実に開催を成し遂げた日本を評価し、「世界のスポーツ界は日本に恩義あり」と、主催国を讃えた。

 映像の力や解説で深まる人間ドラマは尽きることがなく、ひと昔前なら「テレビのパワーはすごい!」となるのだが、コロナ禍でネット視聴が増えた欧州では、放送だけでなくストリーミングで五輪の名場面を視聴した人が急増した。

 ネット視聴の増加には、特別な背景がある。それは、米大手メディア・ディスカバリー社の存在だ。同社は自然ドキュメンタリーなどで知られるが、2014年に欧州全域のオリンピック放映権を13億ドルで購入し、翌年に欧州のスポーツ専門局、Eurosport(ユーロスポーツ)を買収している。ディスカバリーは平昌からパリまで4大会の放送権を持っているが、マルチプラットフォーム配給戦略を立て、欧州全域を放送エリアとする独自のプラットフォームでの中継に加え、各国の公共放送(無料放送)に放送権をサブライセンス販売した。これにより、開催1週間で2億7500万人が東京五輪を視聴するという快挙を達成している(*1)。このうち、1億が独自プラットフォームでのリニア+オンライン視聴だった。

 実は、ディスカバリーは東京五輪に合わせて、SVODサービス(Discovery+)を立ち上げる予定だった。五輪コンテンツを生かして欧州市場に本格進出し、激化する欧州SVOD市場のシェア獲得を狙っていたのだ。予想外のイベントの1年延期でDiscovery+の開始も昨秋から今年1月にずれ込んだが、巧妙なサブライセンス契約のおかげで、五輪開催中に契約者を増やすことに成功している。

6・99ユーロで全競技見られる

 ディスカバリーは、BBCなどの公共放送に対し、ストリーミングを含めた生中継数を2チャンネルまでと限定した。日本と時差があり、各国のメダル候補は限定されているため妥当な契約とも言えるのだが、ロンドン、リオ五輪で全競技の無料ストリーミングを享受していた市民は、このアクセス制限に憤慨し、多くの苦情がイギリス、イタリア、スペインで寄せられたという。オンデマンドでも制限があり五輪ファンは有料サービスを契約する羽目に。

 Discovery+を契約できない小国(オーストリア)の市民は、Eurosportの無料アプリに付随するプレミアムサービスを契約すれば、全競技の生中継が楽しめる。筆者もメダルラッシュに沸く日本勢見たさで、6・99ユーロを払った。携帯の位置情報に基づいているのか、日本のアプリストアでアプリを購入してもデフォルトで利用国がオーストリアになり、ホーム画面ではオーストリア選手の試合がずらりと並ぶ。だがコンテンツをパーソナライズできるほか、日本の対戦を容易に検索できるので、スマホ、PC、スマートテレビでライブ視聴できた。時差で昼間の中継が多く、タブレットでのながら視聴をしていたが、閉幕間際に自由自在に国設定を変えられることに気づいた。Eurosportは欧州で50の国・地域で放送しているためか、ジオブロックがない(*2)。日本対アメリカの野球決勝戦の視聴体験は、ネット利用の新境地だった。

 生中継は原則設定国の言語(19カ国語)で中継コメンタリーが流れる。英語の中継を同時通訳しているのではなく各言語でスポーツ解説者が解説するため、完成度が非常に高い。動画だけでなく、記事のローカライズ度も優れており、国設定を変えると、チーム画面(左上写真)ではメダル情報や地元向けの競技ハイライト動画や文字情報が自動的に入れ替わる。ディスカバリーは東京五輪で欧州主要11カ国向けにユニ制作をし、五輪メダリストを含めた各競技の専門家150人を起用した。中継コメンテーターはなんと400人もいたそうで、サービスを試すと十分納得がいく。利用者には歓迎されるが、各国の放送局には大脅威だ。

 8月3日、第2四半期の決算発表でディスカバリー社のザスラフCEOは、SVODのグローバル契約者数が1800万に達したことを明らかにした。広告収入もグローバル市場で増え、四半期の売り上げは130%伸びたという。

 多様なビジネスモデルで精力を伸ばす同社は、今年7月にワーナーブラザーズを傘下に抱えるAT&T社と合併したばかり。欧州でどのような勝負を仕掛けるのかが気になるが、地元の放送局との共存が今後の課題となりそうだ。

*1 Eurosportは有料チャンネルで、衛星やケーブル、IPTV(有料放送)のベーシックサービスに含まれる。ネットではDiscovery+(SVOD)と、Eurosportアプリで全競技をライブ+オンデマンド視聴できた。
*2 ジオブロックとは、コンテンツの放送・ネット配信権利の保護のため、契約国や地域以外からのコンテンツへのアクセスを制限(ブロック)すること。


■ライター紹介
いなき・せつこ 元日本テレビ、在ウィーンのジャーナリスト。退職後もニュース報道に携わりながら、欧州のテレビやメディア事情等について発信している。

GALACとは
放送批評の専門誌。テレビやラジオに関わるジャーナルな特集を組み、優秀番組を顕彰するギャラクシー賞の動向を伝え、多彩な連載で放送メディアと放送批評の今を伝えます。発行日:毎月6日、発売:KADOKAWA、プリント版、電子版

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【表紙・旬の顔】上白石萌歌
【巻頭】治部れんげ

【特集】テレビのなかの「家族」
テレビドラマと家族 /こうたきてつや

〈ケーススタディ パート1〉
 日テレ「俺の話は長い」/櫨山裕子
 テレ朝「モコミ~彼女ちょっとヘンだけど~」/竹園 元
 TBS「俺の家の話」/磯山 晶
 テレ東「きのう何食べた?」/阿部真士

〈ケーススタディ パート2〉
 NHK「鶴瓶の家族に乾杯」/井上繭子
 テレ東「家、ついて行ってイイですか?」/高橋弘樹
 フジ「ザ・ノンフィクション」/西村陽次郎

アニメのなかの家族 /宮崎美紀子
海外ホームドラマ最前線 /長谷川朋子
テレビCMのなかの家族 /汲田亜紀子

【連載】
テレビ・ラジオ お助け法律相談所 /梅田康宏
21世紀の断片~テレビドラマの世界 /藤田真文
今月のダラクシー賞 /桧山珠美
ドラマのミカタ /木村隆志
報道番組に喝! NEWS WATCHING /水島宏明
海外メディア最新事情[ウィーン]/稲木せつ子
GALAC NEWS /砂川浩慶
GALAXY CREATORS[四元良隆]/桧山珠美
TV/RADIO/CM BEST&WORST
BOOK REVIEW『「テレビは見ない」というけれど-エンタメコンテンツをフェミニズム・ジェンダーから読む-』『平成ネット史-永遠のベータ版-』

【ギャラクシー賞】テレビ部門:月間賞ほか

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