Inter BEE 2024 幕張メッセ:11月13日(水)~15日(金)

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Special 2021.08.20 UP

【Inter BEE CURATION】韓国で誕生 討論バトル番組「私国代」

安 暎姫 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2021年9月号からの転載。連載記事「海外メディア最新事情」にソウル在住アン・ヨンヒ氏が寄稿したもの。大統領選挙を来年に控えた韓国で、政党のイメージ変革にテレビの討論番組が関わった様子がレポートされています。ぜひお読みください。

政治オーディション番組の見どころ

 韓国では5年に一度、大統領選挙が行われる。そして、次期大統領選挙は来年の3月に迫ってきた。文在寅大統領の支持も下がり始め、「レームダック」現象が見られ、国民も徐々に次期大統領が誰になるかに関心を寄せている。

 そういったなか、最大野党「国民の力」では憲政史上初めて30代の李俊錫を政党代表に据えた。これまで保守党として古くて権威主義的なイメージしかなかった「国民の力」が、李代表によって若くてスマートなイメージになり、支持率も高くなった。李代表は、自転車通勤をしたり移動手段に地下鉄を利用したりするなど、保守党のイメージである権威主義からかけ離れた、若者の代表的存在だ。

 さらに見せかけだけでなく、「国民の力」のスポークスマンを討論バトルで採用する番組では、能力主義の側面も強調した。番組名は「私は国民の力の代弁人だ」(略して「私国代」)。申し込み資格は、選挙権のある18歳以上の国民で、1次審査はプレゼン動画、2次審査は圧迫面接が行われ、ベスト16、ベスト8が揃い、7月5日には決勝戦が行われた。

 討論バトルには高校生から70代の高齢者まで、564人が志願し、141対1の競争率を記録した。決勝戦で行われた討論バトルは、ドラマやバラエティ番組を退け、当日の非地上波テレビの視聴率1位となり、ユーチューブでライブ視聴した人は3万5000人を超えた。

 なお決勝戦では、ちょっとしたハプニングがあった。4人の候補者のうち一人の配偶者が新型コロナに感染したことで、ネットでの参加となったのだ。

 決勝戦の内容は討論バトルだけに、限られた時間内で持論を述べたり、賛成派・反対派に分かれて議論したり、政治に関する常識テスト、物価に対する常識、圧迫面接があったりと、番組としても上出来だった。審査員も李代表をはじめ、元スポークスマン、党の最高委員の3名に加え、視聴者からの投票も踏まえて優勝者が決定した。テレビで討論バトルさせることで、滑舌の良さ、瞬発力、テレビ映りまでも見ることができた。

 優勝した人物は、1994年生まれのロースクール在学中の学生。準優勝した人物は、95年生まれの就活生であった。どちらも20代の若者である。「国民の力」の代表は30代の若大将なので、そのスポークスマンが20代になったのは、画期的なことである。

若者に蔓延する“喪失感”

 実は、これより先に、青瓦台(大統領府)は若者の代表として25歳のパク・ソンミン(女子大生)を1級公務員である青瓦台青年秘書官として任命していた。これに対して、間違った人事とする意見(41・9%)とそうでないとする意見(47・5%)が拮抗している。特にパク秘書官と同年代である20代は、間違った人事とする意見が52%に達し、若者世代の喪失感が大きいものと思われる。
 
 なぜなら、パク秘書官は女子大生として政党活動はしていたが、就活すらしたことがないからだ。現在、韓国では就職難が続き、公務員試験に青春を懸けている人も多い。韓国では、一般受験では9級、7級公務員、そして高級公務員試験に受かると5級公務員からスタートすることになっている。それなのに、まだ女子大生でなんの経歴もない人が一気に1級公務員待遇になることは、同年代として喪失感に見舞われても仕方のないことである。

 ある大学生は「バッタルガム・ドットコム」というサイトを開設した。そこでは、「青年秘書官なら青年が苦しい立場であることを代弁すべきではないか。それなのに、政党の活動だけで就活もしたことのない彼女が果たして何を知っているというのだ。皆さんも、大学も卒業せず就活経験がなくても、汝矣島(国会議会がある場所)へ行って『私が青年を代弁しましょう』と言いましょう」と皮肉った。

 青瓦台の青年秘書官を20代から抜擢したのは、「国民の力」の代表が30代の若者になり、「国民の力」の好感度が上がったことに影響されたものと思われる。しかし同じ若者代表のイ・ジュンソクとパク・ソンミンでは国民の受け止め方が異なる。それはなぜか。

 イ・ジュンソクは、天才たちの集まりといわれるソウル科学高校出身で、ハーバード大学でコンピュータ科学と経済学を専攻した逸材である。ベンチャー企業を立ち上げたり、社会活動をある程度実践している。一方で、パク・ソンミンは高麗大学国文学科の在学生である。現与党の「共に民主党」で政党活動をしたものの、社会経験はないに等しい。奇しくも両党が若者を抜擢したことで、パク秘書官の人選は公正ではなく依怙贔屓感が強く出てしまった。若者は若者でも内実がまったく異なるのである。

 4年前、積弊を是正すると約束した文在寅政権では、不正や汚職、セクハラ、ジェンダー問題などが起きた。それがバレても、自分がしたことに責任を持たず、かえって「盗人にも五分の理」といった形で罪悪感も見せなかった。こうした現政権に対する失望が、野党に新しい風を巻き起こすきっかけになったのかもしれない。

※筆者プロフィール
アン・ヨンヒ ソウル在住。日韓の会議通訳を務めながら、英語をはじめとする多国語の通訳・翻訳会社を経営している。ネットマガジンの『JBpress』で韓国文化について連載中。]]

GALACとは
放送批評の専門誌。テレビやラジオに関わるジャーナルな特集を組み、優秀番組を顕彰するギャラクシー賞の動向を伝え、多彩な連載で放送メディアと放送批評の今を伝えます。発行日:毎月6日、発売:KADOKAWA、プリント版、電子版

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