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2015.9.2 UP

【NEWS】モバイル・ブロードバンド放送時代に突入した米国 AT&TのDirecTV買収で一気に加速 ネット放送事業者による番組調達が拡大へ

DirecTV買収記念キャンペーン(出典:AT&Tホームページ)
DirecTV買収記念キャンペーン(出典:AT&Tホームページ)
全米放送事業者年次総会(NAB2015)で携帯放送のデモを行うベライゾン(出典:筆者撮影)
全米放送事業者年次総会(NAB2015)で携帯放送のデモを行うベライゾン(出典:筆者撮影)
米国の主要OTT番組配信一覧
米国の主要OTT番組配信一覧

 9月2日から日本においてもNetflixがサービスを開始し、10月からは民放5局が無料動画配信「TVer」を開始するなど、ネットにおける動画配信ビジネスが熱気を帯びてきているが、米国ではさらに一歩進み、通信事業者、CATV事業者と放送局、さらにハリウッドも巻き込んだサバイバル競争が激化しつつある。キーワードは「モバイル・ブロードバンド放送」だ。その戦端を開いたのは、米AT&TのDirecTV買収といえよう。15年7月25日、米AT&Tは約6兆円(485億ドル)というDirecTVの巨額買収を完了した。AT&Tは世界第2位の総合通信事業者。一方、DirecTVは米衛星TV放送のトップ。米国では、両社の経営統合により「携帯放送時代に突入するのではないか」とのを期待感が広がっている。米携帯トップ2社が競争を繰り広げれば、米国のモバイル・ブロードバンド放送は一気に加速する。
(在米ITジャーナリスト 小池良次)

■ 最大のメリットは番組調達コスト
 AT&Tは買収完了の約1週間後、さっそくビデオと携帯の抱き合わせプランを発表した。「DirecTV買収記念」と銘打った同プロモーションは月額200ドル(初年度のみ)で携帯と衛星テレビを楽しめる。申し込み開始は8月10日からだ。しかし、これは序の口。AT&Tは買収のメリットを背景に携帯放送の強化に乗り出すと見られている。
 業界関係者が注目する理由は、次の3つに集約されるだろう。
 1. AT&Tの番組調達コスト低減による競争力強化
 2. 大手携帯によるLTE放送の幕開けと番組配信契約の緩和
 3. ネット再送信によるOTT放送の競争拡大
 AT&TはIPTVサービス「U-verse」でテレビ放送事業を展開している。その加入者は約570万だが、xDSL網でサービスを提供しているため郊外や過疎地をカバーできない弱点がある。一方、CATV最大手コムキャストに次ぐ2,030万という加入者を誇るDirecTVは、AT&Tの弱い郊外や過疎地に強い。
 AT&TはかねてからDirecTVと提携し、巨大な中西部の地域で衛星TVと携帯やブロードバンドの抱き合わせを展開してきた。そうした意味で、衛星放送と固定ブロードバンドの抱き合わせサービスで大きな変化はないだろう。
 しかし、経営統合によってビデオ契約者数は2,600万(設備事業者系TVでは第2位)に達し、AT&Tの番組調達コストは大幅に安くなる。しかも、DirecTVが長期契約を持っている日曜版NFL(全米プロフットボール)放映権は数千億円の価値がある貴重なライセンスだ。
 米国では近年、CATV業界も衛星TV業界も、番組調達コストの高騰に悩んでおり、中小事業者は番組調達ができず、チャンネル数を削減する状況に陥っている。そうした中、AT&TはDirecTVを買ったことで、今後、ビデオ契約で競争的な価格戦略を取ることができるだろう。

■トップ2社が臨戦態勢に入ったモバイル放送
 携帯最大手のベライゾン・ワイヤレスは、昨年から携帯でNFL中継を始めている。その放映権は4年間で10億ドル(約1,250億円)。業界関係者は、月々十数ドル程度の配信料で同サービスが黒字になるとは考えていない。ベライゾンにとって、携帯放送のPRを兼ねたサービスといえる。
 本格的な収益事業として、同社は今年中にLTEによる24時間放送を開始する予定だ。これは地上波TVの再送信も含む本格的なサービス。同社は光ファイバーを使ったFiOS TVとの抱合せも準備している。つまり、家庭でも出先でも利用できるモバイル・ブロードバンド放送を狙っている。
 一方、AT&Tもモバイル・ブロードバンド放送の準備を進めている。そうした中、AT&TがDirecTV買収でNFLを含む番組調達力を高めたことは、ベライゾンにとって大きな脅威となる。また、AT&Tとベライゾンが本格的な競争を展開すれば、CATV事業者や番組制作会社に大きな影響を与えることは間違いない。
 モバイル・ブロードバンドが安くて供されれば、家庭内にサービスが限定されているCATV事業者は厳しい競争を強いられる。携帯電話が普及し家庭の固定電話が減少したように、CATV契約をやめて携帯契約だけにするユーザーが増えるからだ。
 もちろん、米CATV業界は大手が加入する全米Cable Wi-Fi網を持っている。同Wi-Fi網は、全米で100万アクセス・ポイントを超え、携帯データ・サービスに対抗している。これを放送に転用することも可能だろう。しかし、Wi-Fiは移動しながら使えないため、電車や車の中まで利用できるLTEの利便性には及ばない。

■成否の鍵はモバイル放送の配信契約
 モバイル・ブロードバンド放送の成否は、配信契約条件の緩和にかかっている。番組制作会社はこれまで、番組の配信地域やネットワークなどに細かい制約を置いて配信売り上げの拡大を進めてきた。モバイル・ブロードバンド放送のように「全米どこでも受信できる」となれば、既存配信契約の大幅な緩和となる。
 こうした大幅な緩和にハリウッドや4大TVネットワークがすぐに応じるとは思えないが、数年前に比べれば状況は「緩和へ」と向かっている。既に、中小CATV系番組制作会社が家庭内でのモバイル配信を活発にすすめ、一部は宅外でも受信できるようになっている。また、CBSを筆頭に地上波TV大手もインターネットで再送信している。モバイル・ブロードバンドの配信契約は、実現性を帯びている。
 AT&Tとベライゾンが競争を展開し、モバイル・ブロードバンド放送の加入者が増えてゆけば、ハリウッドや4大TVネットワークなどの大手番組制作会社も門戸を開くことになるだろう。早ければここ2~3年で、米国にはそうした時代がやってくる可能性もある。
 現在、CBSやNBCなどがネット再送信の有料化を進めているが、モバイル・ブロードバンド放送が本格化すれば、大手映画スタジオや大手TVネットワークも、ネットを使った本格的な再送信サービスに力をいれるだろう。

◇◇◇

 米国の放送通信行政をおこなう連邦通信委員会(FCC)は、15年6月に発効したオープン・ネットワーク規制を背景にブロードバンド行政を活発化させている。携帯データ・サービスに対するオープン化や透明性確保を指導する一方、NetflixやHulu、Amazon Instant Videoなどの非設備系放送事業者にも、地上波TVやCATVと同じ通信法の権利義務を適用しようとしている。
 こうした行政政策は、ネット放送事業者による番組調達の拡大につながる。従来、ブロードバンド放送事業者は設備を持たないため米通信法の対象とならず、番組制作会社は配信契約を拒否できた。しかし、FCCはブロードバンド規制の強化とともに設備系と非設備系の垣根を取り払おうとしている。つまり、モバイル・ブロードバンド放送における番組調達が容易になる方向へと政策の舵を切っている。
 AT&TのDirecTV買収は、地上波再送信を含めたモバイル・ブロードバンド放送の門戸を開くのだろうか。そうなれば、CATVや衛星放送などの業界再編は更に加速するだろう。将来、放送サービスの主体は、モバイルネットワークに移ってゆくのだから。

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