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2015.5.27 UP

【コラム】米CATV業界3つの改革〜「IPマイグレーション」、「垂直統合経営」、「クラウド・ビジネス」〜  ブロードバンド事業者への「脱皮」を目指すCATV事業者

問いかけに答えトム・ハンクス氏の年を答えるX1プラットフォーム
問いかけに答えトム・ハンクス氏の年を答えるX1プラットフォーム
最新X1プラットフォームを紹介するコムキャスト・ブース
最新X1プラットフォームを紹介するコムキャスト・ブース
INTXエキスポに登場したIoT専門展示ブース
INTXエキスポに登場したIoT専門展示ブース
他社製IoTにも対応したコムキャストのホーム・セキュリティー・システム
他社製IoTにも対応したコムキャストのホーム・セキュリティー・システム

 米ケーブルテレビは「待ったなし」の構造改革に直面している。それを象徴するように、今年のNCTA(National Cable TV Association)総会は、「Cable Show」から「INTX(Internet TV Expo)」に名称を変更し、ケーブルテレビという言葉さえ禁じた。その背景には、2014年、CATVトップ7社がすべてビデオ契約を減らし、業界全体で推定約120万加入を失う厳しい現状がある。
 一方、通信大手AT&Tとベライゾン・コミュニケーションズが展開するTeleco-IPTVは約100万加入増(14年)と成長を続ける。ブロードバンド放送のネットフリックスも米国だけで4000万加入の大台(15年Q1)に乗った。放送、通信、クラウドの垣根が音を立てて崩れる米国で、CATV事業者はどのように生き残り策を模索しているのか。業界トップが顔をそろえるINTX展示会を追ってみた。(上写真は音声ナビ・リモコンを紹介するコムキャストのブライアン・ロバーツ会長)

(在米ITジャーナリスト 小池良次)

■ 次世代サービスをけん引するXfinity X1プラットフォーム
 90年代初頭、テレビ所有世帯数の8割近くを押さえたCATVは現在、衛星TV放送やTeleco-IPTV、ブロードバンド放送の台頭で占有率を約5割まで落している。また、米国の放送通信行政をおこなう連邦通信委員会(FCC)は今年、CATV業界へのドミナント(独占)規制を緩和している。それは新聞業界などと同じ「ネット時代の低迷産業」というレッテルを同業界が受けたといえる。
 こうした現状を改善すべく、米CATV業界ではここ数年「ブロードバンド改革」が声高に叫ばれてきた。改革には3つのベクトルが読み取れる。第1が映像配信に最適化された現在のネットワークやバックエンドをブロードバンド基盤に変える「IPマイグレーション」、第2が、番組制作と番組配信の統合を狙う「垂直統合経営」、最後がブロードバンドを活かした法人向け「クラウド・ビジネス」開拓だ。
 CATV最大手のコムキャスト社は、こうした改革の先頭に立っている。たとえば、同社のブライアン・ロバーツ会長はINTX初日の基調講演に登壇し、人工知能を駆使した「音声ナビ」を発表した。
 アップルがiPhoneでSIRIを発表して以来、音声ナビの知性化は急速に進んでいる。コムキャストの音声ナビも、チャンネルの変更や番組名検索などを行うのは当り前。プレゼンテーションでは一歩踏み込んで『人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない』と名セリフの一節を口ずさむだけで、トム・ハンクス主演映画「フォレスト・ガンプ」を検索してみせた。
 同音声ナビは操作だけに限定しない。映画を見ながら「トム・ハンクスは今何歳?」と質問するとテレビ画面に「58歳9ヶ月」と回答が表示された。また、コムキャストの展示ブースでは同音声ナビを駆使した身障者向けサービス(ベータ版)を紹介している。目が不自由な人が音声で操作や検索を行うと、画面に表示されたタイトルや内容を自動的に読み上げる。
 この音声ナビは、コムキャスト社の次世代CATV「Xfinity X1 Platform」の新サービス。同X1プラットフォームは、コムキャストにおけるIPマイグレーションを担っている。それは、グーグルやアップルが展開する知的ネット・サービスと戦い、ネットフリックスが狙うブロードバンド放送への防波堤とも考えられている。
 同X1は既存CATV(QAM)網を利用しているが、ネットフリックスなどと同様にデータセンターからサービスを提供するするクラウド・ビデオ・システムで、映像面ではベライゾン・コミュニケーションズが展開する光Teleco-IPTVよりも一歩先を走っている。
 コムキャストはサービスを他社にライセンスすることも積極的で、X1 Platformは次世代CATVの重要な選択肢になろうとしている。

■ 次世代ネットワークはCable IoTも視野に
 一方、INTXのテクニカル・セッションではSDN、NFVの発表が増え、ここでもIPマイグレーションの動きが活発化している。SDN(ソフトウェア・ディファインド・ネットワーク)は、ネットワーク・スイッチやルーターなどのネットワーク機器を中央で集中制御し、経路制御設定を自動化できる革新技術。通信業界では、AT&Tやベライゾン・グループが通信サービスの合理化を狙って本格的な導入に着手している。
 またNFV(ネットワーク・ファンクション・バーチャライゼーション)とは、これまでハードウェアに頼ってきたネットワーク・サービスを仮想化してデータセンターなどで提供する技術。SDNとNFVの登場によって、テレコム業界はハードウェアー時代からソフトウェア時代に突入している。
 ブロードバンド事業者への脱皮を目指すCATV業界もSDN/NFV導入意欲は高まっている。同業界では、STB(セット・トップ・ボックス)やHGW(ホーム・ゲートウェイ)の仮想化が当面の目標だ。テレビだけでなく、ノートブックやスマホ、タブレットなどがつながるDOCSISネットワークでは、サービスが大きく変わってゆく。STBやHGWはサーバー化し、映像処理だけでなく、アプリケーション実行やファイヤーウォールなどを自由に実装し、コストダウンと運用の柔軟性を確保する方向にある。つまり、SDN/NFV技術によって宅内機器で仮想化サービスを構築することになる。
 最終的にはHGWが監視カメラや空調システム、照明スイッチなどを制御し、将来は介護ロボットやサービス・ロボットなどの機器もコントロールすることになる。このCable IoTは、今年に入って取り組みが本格化している。
 たとえば、コムキャストの研究部門Comcast Labsは15年2月、ハードウェア系インキュベーターのブームタウン(Boomtown)と提携し、IoT Labを設立した。新設部門の目的は、ブームタウンが発掘するIoT系スタートアップのサービスをコムキャストが支援し、商業化してゆくことにある。

■ 規模と川上を狙うCATV業界のM&A旋風
 「ニューヨーク市場を狙ったM&A(買収合併)は避けられない」と言い切ったのはケーブルビジョン・システムズ社のジェームス・ドランCEO(再考経営責任者)だった。INTX二日目、大手CATV事業者トップ座談会はケーブル業界で吹き荒れるM&Aの話で盛り上がった。
 INTX開催直前、コムキャスト社は米国政府の買収認可難航を理由に業界2位のタイム・ワーナー・ケーブル(TWC)買収を撤回した。同買収の目的は様々だが、ニューヨーク市場を手に入れることは狙いのひとつだった。同買収が破綻した直後から、チャーター・コミュニケションズがTWCと買収交渉を再開している。ドランCEOだけでなく、CATV業界では今後もM&Aが頻発すると予測している。
 CATV業界のM&Aは大きく二つにわかれる。ひとつは同業他社を買収し規模の拡大を狙う方向。もう一つは番組制作会社やクラウド事業者などを買収し垂直統合を目指す方向だ。
 もし、チャーター・コミュニケションズがTWCを買収すれば、トップ2社の寡占率は高くなる。対抗上、3位以下の中堅CATV事業者が合併や買収で生き残りを狙うことになるだろう。現在、買収目標となっているのは業界6位のブライト・ハウス・ネットワークスだ。今後、同社を軸に3位から6位の間で規模拡大を狙ったM&Aの駆け引きが広がるだろう。
 一方、M&Aによる川上戦略も展開されるだろう。コムキャストは2009年に大手番組制作配信のNBCUniversalを買収し、垂直統合経営に乗り出した。その背景にはCBSやHBO(タイム・ワーナー)、ディズニーなどの大手番組制作会社が直接、有料ブロードバンド放送を始めたことが影響している。これは将来、番組制作と番組配信の垣根がなくなってゆくことを示しており、来年以降CATV事業者も独自番組の制作や大手番組制作会社の買収へと進むだろう。
 なお、紙面の関係上、CATV事業者によるクラウド・ビジネスの解説は割愛するが、コムキャストやタイム・ワーナーのビジネス部門は急速に売り上げを伸ばしており、今後、収益の大きな柱と期待されている。

◇◇◇
 今年はINTXへと名称を変更し、IoTやブロードバンド放送の専門展示が追加されるなど展示フロアーでも新しい傾向が見え始めた。一方、番組制作会社は大手が出展規模を縮小し、中小の姿も減った。これは番組制作と番組配信の友好的な関係が、ネット時代を迎え新たな段階に入ったことを示している。
 米国では10年後、放送業界と通信業界はひとつの産業になり、大手数社が総合ブロードバンド・サービス事業者として市場を牛耳ると予測されている。その数少ない生き残りのスポットを目指して、米CATV業界のブロードバンド改革は今後ますます加速することになるだろう。

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